任務を終え、報告のためにリストランテに向かっていたら、アイツがいた。歩道のガードレールのすぐ側に、ぼんやりと立っている。その表情に、何だか俺までも心苦しくなった。
――ああ、これは、あの時の顔だ。
アイツが女だと知る前。アイツが過去に囚われていたときの悩ましい表情。あの時と同じ顔をしている。またアイツが過去から戻って来ないんじゃあないか。そんな思いに胸を鷲掴みにされた気がして、いつの間にか声を掛けていた。ヤツは振り払うように通り過ぎようとしたのに、だ。肩を震わせる程に驚くヤツの視線の先には、サンデーのポスターがあった。
「いやっ、これはっ、そのっ……高校のとき、友達と食べたことがあって……」
アイツは真っ赤な顔をして、しどろもどろになりながら答えた。男の姿なのに、その瞳も表情も、全くもって女のソレだった。それで改めて、コイツも女だし、女子高生だったんだなと思ってしまった。女だからこそゲスい警官に喰いもんにされかけちまったワケだが、それさえ無ければ、アイツは今もその友達とデカいサンデーを食いに行ってたんだろう。
「お前、もう今日は仕事終わったな?」
無意識だった。俺は一体何をしようとしてるんだ、と即刻自分に呆れてしまった。でも、アイツが微妙ながらも肯定すれば、もうそれを止める理由もない。アイツは身体に触れられるのを嫌うが、先に歩き始めてしまえば勝手に付いて来るのはもう分かっている。
路地裏で人のいないのを確認して、そこで女に戻れと言った。男二人がサンデーつつきに行くなんて見た目が悪過ぎるし、アイツはきっと青春時代を噛み締めたいんだと考えたら当然だった。しかし、戸惑うアイツ見れば必ずしもそうでもないかと考えが変わる。俺と一緒のあの女は誰だとか、男のはずのアイツが女っぽいとか噂を立てられるリスクもある。
「素が気になるなら、変身でも変装でも、お前の好きな姿で行け」
そう言えば、アイツは俺の視界の端で少し目を潤ませながら、本来の姿に戻った。
「ありがとう、アバッキオ」
そんな瞳で見つめるなと思いつつ、俺はまた先に歩き出した。
カフェはすんなり席に案内されて、あとは注文したものが来るのを待つだけだった。アイツは、その間に、友達と三人であれを平らげたことを話してくれた。他にも高校時代のことをはにかみつつ話すアイツはいつもと違った。そういえば、ブチャラティのチームの中でマトモに高校に行ったのは多分俺とコイツだけだ。またひとつ、同じモノを持っているのだと思ってしまう。
店員に巨大なサンデーが持って来られた。本当にデカい。ひとすくい食べて、人口甘味料的の織り成す味にうんざりした。コレを3人で食ったのか……女子高生ってのはバケモンじゃあないのか。仕方なく、添えられたバナナにシフトチェンジするが、甘いものは甘い。紅茶でも注文するか……。ウェイターを振り返ろうとしたところ、なぜか目が合った。それだけじゃあない。他の客も興味深そうに視線を送ってきている。悪いか、俺がコレを食っちゃあ。
「チッ、見せ物じゃねェぞ。早く食って出ようぜ」
「う、うん……アバッキオ、ごめんなさい」
咄嗟の俺の一言で、アイツの表情は一瞬にして曇っちまった。マズい、これじゃあここに来た意味がねェ。
「それは違うな」
「え?」
「謝られる為に来たんじゃねェ」
じゃあ、何の為だ? そんな自問自答がもどかしくて、意味もなくサンデーをスプーンで弄んでしまう。本当はコイツのためなんかじゃあない、自分の平穏と欲のためだ。
「じゃあ……ありがとう」
路地裏で女に戻ったときのような目で、アイツは照れたように言った。つい生返事してしまったが、案外悪くないと思う俺がここにいる。
最初こそチョコレートソースを美味しそうに頬張っていたヤツだったが、いつまでもなくならず、溶けて倒壊の危機に瀕したサンデーを、二人で必死になって胃に収めた。チクショウ、二度と付いて来るもんか。だが、よく考れば行くと言ったのは俺だったし、これからもアイツには絆されるんだろうと覚悟した。
FINE.