I need to be in love - 3/5

【アバッキオ視点】

俺がアレックスの自宅を訪れて以来、明らかに俺は避けられていた。いつもはスタンドを解除していたリストランテでも、アレックスは男の姿のままでいるようになっていた。話し掛けようにも、何かを思い出したように他のメンバーと話し始める。しかも、俺の気のせいでなければ、それはフーゴであることが多かった。いつまでもアレックスを警戒していたフーゴの奴が、だ。

しまいには、アレックスに男の客を紹介しようとしているあの店の件で、フーゴまで口を挟んできやがった。俺が代わったのがそんなに気に入らねぇのか。それを言うなら、ずっとアイツの横にいるお前の方こそ気が食わねぇ。

イラつきながらも遠巻きにアレックスを見つめていたが、そんな俺に気付いてブチャラティが声を掛ける。

「良かったじゃあないか。フーゴだけ、いつまでもアレックスとギクシャクしていたからな。この間、たまたま空いているのがあの2人だったから組ませたんだ」

悪びれる風もなく、ヤツは俺にそう言った。アレックスも他のメンバーも持ち場に出て行ったのを見て、俺はブチャラティに洗いざらい話してしまった。

「俺は……本当に、アイツをもう普通に見られなくなっちまった」
「ああ。憎むか惚れるか、どっちかにしかならねぇと思ったよ。
でも、それを聞き出してきたのはお前だ。覚悟して訊いてきたはずだったよな」

含み笑いで言うコイツは、本当に腹の底で何を考えているか分からねぇヤツだと改めて思った。そうでなきゃポルポに気に入られて、尚且つ街でも一目置かれる存在として働けるなんてこたぁ無いのだが。

「俺は、仕事にさえ影響が出なければどっちだって良い。
ただ、俺たちはギャングだ。それと分かっていると思うが、アイツは女である自分を嫌ってる。それならお前とだって仕事上の関係だけで、あとは嫌いでいる方が遥かに楽かもな」

結局選択の余地がないことを“どっちだって良い”と言ってくるのは、ブチャラティの優しさなのだろうか。それとも、狡さなのだろうか。先ほどとは違って笑みのないヤツの顔を見つめ、鼻で笑ってやった。ただ、それが虚勢を張っているだけに過ぎないことを、一番分かっているのは俺だし、ブチャラティだって見透かしていたに違いない。

リストランテを出て、通りかかったのはあの店だった。アレックスは心配ないと言ってあの店にみかじめ料の徴収に行ったが、俺は一抹の不安を拭い切れなかった。覗いてみれば、やはりアイツは困ったように2人の男を前にして断り続けている。思わず頭に血が上った。
俺から飛び出たムーディー・ブルースが、扉を蹴破り、そのまま俺は3人へ迫って行った。

「待ちな。次はねェって言ったよな」

店主と男がアッという表情に変わったのも構わず、ムーディー・ブルースはふたり纏めて蹴飛ばしてしまっていた。スタンドの見えない客たちがどよめいたが、構わず続けた。一般人相手にスタンドを使うまでもなかったかもしれないが、怒りの反動でムーディー・ブルースが飛び出しちまったようなもんだ。

「もういい。次からは俺が来てやる。このまま営業を続けたかったら、言動には気を付けるんだなァ」

スタンドをしまって、次は自ら蹴りを入れた。愕然とするアレックスに声を掛けて店を出ようとしたが、アレックスはなかなか付いて来ない。振り返れば、拳を握りしめ、下を向いて震えている。もう一度ヤツを呼べば仕方なく歩み寄ってきたが、そのまま俺を追い越して店を出て行ってしまった。

* * *

「おい、アレックス、待て」

アレックスはどこに向かってるのかも分からないまま、ずんずん歩いて行った。呼んでも止まらないヤツに、躊躇いながらも駆け寄って腕を掴んだ。

「いいか、お前が止まらないからだ」

アレックスは俺の方を向きもせず、黙っていた。腕を振りほどくこともしなかった。だが、立ち止まったのを見て、その手を離した。

「あんなことしたら余計面倒かと思って、俺はスルーするつもりで……」

アレックスはぶつぶつ文句を言い出した。助けて貰っておいて、それはねえだろと思ったが、続く言葉に苛つきが増した。

「……フーゴにああも言わせといてこのザマです」

思わずチッと舌打ってしまう。

「すぐにキレるアイツが、同じことに遭ったとして、正気を保っていられるか分かったもんじゃあねぇだろ。ブチャラティだって、何かあったら言えっつったじゃあねぇか」

納得がいかないというように態度を変えないアレックスに、俺は我慢ならなくなった。

「お前が他の男から求められているのもッ……他の男に守られているのもッ……黙って見てろっつーのかッ!?」

その言葉が出た途端、なんて女々しいんだと自分でも思った。アレックスはといえば、やっと俺を視界に捉えたかと思えば、その瞳は驚いたように見開かれた。

「ありのままのお前を守りたい……でも、それは俺じゃあダメなのか?」
「やめてくれッ!!」

アレックスの絶叫に、ヤツのアパートのドアを思い出した。俺はまた、閉め出されるのか。

「アバッキオ、アンタは守りたい……なんて思っちゃあいねェ。それは欲望で、エゴなんだ」

返す言葉も無かった。コイツにはトラウマもあるっていうのに。

「こないだだって分かってたんじゃあないか?
俺はあのクソ警官に襲われた日から、生理的に受け付けなくなったんだ……」

言葉は弱々しいくせに、やけにアレックスの目はギラ付き、肉体もより猛々しくなった気がした。ああ、まただ。コイツのスタンドは……この“拒絶”こそなのだ。色々言いたいことはあったが、どれもヤツには届かない気がした。

「俺がなんでブチャラティの部下にして欲しかったか……。
俺は、身体を売れないからですよ!! 気持ち悪さのあまり!!」

一瞬その言葉にぎくりとしたが、覚えがあった。俺がかつて、汚職に手を出したきっかけも、そんな女を見逃したことだった。警官を辞めて荒れていたとき、そういう女を相手にしなかったわけじゃあない。それは俺たちの世界では普通にあることだったし、それはしょうがないと思っていたはずだった。
なのに、アレックスがその道を選べないという言い方をしたことは、ただただ、悲しかった。いいじゃあねぇかとも思った。

「欲望を向けられるのは懲り懲りです……誰からも。ブチャラティのところに居られなくなるのも、困る。
だから……バレちゃあいけなかったんだ……」

そう言うアレックスにそろりそろりと歩み寄る。後退りされたことに、胸が痛む。

「バレちまったもんは仕方ねェだろうが。俺は……少なくともお前を知れて良かったぜ。お前が身体を売らずに、こうやって仲間でいられるのもな……」
「アバッキオ……」

アレックスは、そんな言葉が聞こえていないかのように、俺に語り掛けた。

「だから、アバッキオの気持ちには、応えられない。俺がチームでやっていくために、そういう目で見ないで欲しい。忘れてください……」

どこかで、俺だけは、と思っていたことは否めなかった。でも、しっかりと俺の目を見て言うそれに、どうして打ち勝てようか。

「アンタの嫌がることはしない……アンタが好きだからな」

そう言った俺を複雑そうな表情で見て、静かにアレックスは俺の前から去って行った。