Those good old dreams - 1/5

【アレックス視点】

「警察官……!?」
「ええ、そうですよ。知らなかったんですか?」

フーゴから思わぬことを耳にして、無意識にオウム返しをしてしまった。

「一度は警察官になったってことか……!? 何でそこからギャングに……?」
「さあ、僕も詳しいことまでは……。
それより、明日の任務の件、ちゃんと伝えましたからね。お願いしますよ」

これ以上何も訊かれたくなかったのだろうか。フーゴは言い捨てるとさっさと帰ってしまった。その背中を見送り、自室に戻った。

ブチャラティのチームに入ったのは最後から2番目だから、他のメンバーがどういう経緯でギャングになったかはよく知らない。知ったところでどうにもならないということもあるだろう。ギャングから足は洗えないし、どうしようもなくギャングになったんだろうから。
それにしても先程は驚いた。あのアバッキオが……警察官だったなんて。
恐ろしいくらいブチャラティに忠実で、時々手荒いこともするが、どこか優しさを隠しきれないところもあった。今思うと、それが警察官という職業を連想させる。
しかし、そんな彼への印象は変わりつつあった。

――なぜ!? なぜ警察官を辞めてギャングになった!?
あり得ない……何考えてんだ……!?

何を勝手に怒ってるのかと言われても仕方ない。しかし、どうにもこの怒りを抑えられなかった。
わたしは、警察官になりたかったのだ。そして、なれなかったどころか、それをきっかけにギャングに落ちぶれたのである。

* * *

結局、昨晩はほとんど眠れなかった。ずっとずっと、あの日以前のことを思い出しては、どんな警官になっていただろうか……そんなことばかり考えていた。
たとえ試験に落ちていたとしても、“普通に”落ちていたら……わたしは自分の名を捨てることも、裏社会で生きる者ともならなかったからだ。
あの要求を飲むべきだったのか……いや、そうしていたとしても、結局わたしは女として社会に弄ばれる存在になるだけだっただろう……でも、アバッキオは……男のアバッキオであれば……。

「おい! テメェ、さっきから聞いてんのか!?」

そのアバッキオがテーブルをガツンと蹴った音で、わたしは我に返る。
そうだった、今は打ち合わせ中だった。これから行く仕事の。ダメだ、こんなことでは。

「すみません、続けてください……」

思わず自分の地が出そうになったが、こういうとき敬語は便利だ。テーブルに置かれたコップに写った自分の顔を確認する。たぶん、大丈夫だっただろう。

「頼むぞ、アレックス。場合によってはお前のスタンドも調査に使うんだからな」

ブチャラティが呆れながらもフォローしてくれた。
彼によれば、この近辺で変死体が度々発見されているらしい。恐らくスタンド使いではないかとのこと。そのスタンド使いを調査するというのが今日の任務だった。任務に向かうのはアバッキオ、ジョルノ、そしてわたしだった。

「場合によってはそいつと鉢合わせすることだって十分あり得る。気を付けろよ」

ブチャラティが特にわたしに視線を送りながら言う。

「しかし、これじゃあ何も情報が無いな。
変死体も、全身骨折、バラバラ死体、焼死体。共通点が無ェ。本当にひとりなのか?」
「ああ、それさえも分からん。しかし、殺されたヤツはどいつも麻薬取引をしていた奴らだ。
特に新勢力やチームの反逆は聞いていない」

アバッキオとブチャラティの会話を聞いて、何となく分かってきた。
だからこんなおかしな組み合わせなのだ。どことなく険悪なアバッキオとジョルノに、どこかはみ出し気味のわたし。調査向きのスタンド能力、というだけで選抜されたのだ。

「ったくよ。子守りじゃねーんだよ」

ほら、アバッキオが面子に文句を言い出した。一番経験が浅いジョルノとわたしへの嫌味だろう。それでもブチャラティの命令だから、彼は聞き入れる。
ブチャラティと別れて歩き出したアバッキオを、ジョルノとわたしが追い掛けていく。ジョルノは先程から何か考えているようだったが、追うように歩くわたしを待つように立ち止まると、声を掛けてきた。

「大丈夫ですか?」
「さっきは悪かった。心配するな」
「いえ、そうじゃあなくて……」

ジョルノはわたしを見て静かに言った。

「何だか、いつもより細くないですか? あなたの腕や足です」

背中に悪寒がきたかと思うと、じっとりと身体が汗をかくのを感じた。
しかし、そ知らぬふりをした。

「そうか? まあ、これから変身しないといけないからな」

やはり睡眠不足はいけない。

* * *

自分の風貌を変える。それがわたしのスタンドだった。
他の人間や動物に変身することはできないが、わたしという人間であれば性別も年齢も自由に変えられたし、身体能力まで手に入れられた。ムキムキの男性になれば、一般人相手なら肉弾戦にも使える。
そして、わたしはこの能力をチームのメンバーの前でも使い続けていた。
女として舐められたくなかったわたしは、いかつい若い男性の姿でブチャラティチームの本拠地であるリストランテに現れた。以来、可能な限りスタンドを発動させ続けている。わたしを引き入れたため、唯一わたしの正体を知るブチャラティは反対したが、押し切る形で今に至っている。
しかし、スタンドは精神力を反映している。攻撃されたり、酒に酔ったりすれば当然スタンドは解除されたり弱まったりする。今のわたしは睡眠不足だ。ジョルノの指摘は正にそれだったのだろう。いつものわたしは筋肉隆々の青年なのだ。
だから、男言葉を使って男性らしい仕草をしてきたし、メンバー複数での泊まり込みの任務は避けてきた。眠っている間にスタンドは発動できないからだ。
ただ、どんどんそれも綻びが出てきた。ジョルノも、他のメンバーも薄々感じている。任務でわたしが子どもになったり、老人になったり、うら若き女性になったりしているのを見れば当然思うだろう。

――いつものコイツの姿は、本当にコイツ自身なのか……? と。

実際ミスタなんかは、わたしをテルマエに誘って来たことがあった。女性と遊んだり、買ったりしたことがあるかと訊かれたこともある。
しかも大抵それはリストランテなど、チームのメンバーが揃っているところだった。
その時、わたしの反応を皆が窺っているように思えたのは、決して気のせいでは無いと言える。その場は何とかやり過ごしたが、もう限界かもしれない。
この間なんて、アバッキオがムーディー・ブルースでわたしを再生しようとしているところに出くわして、本当に焦った。皮肉たっぷりの減らず口で何とかしたが。
もともとこうやって彼らを警戒し、騙してきたものだから、わたしと彼らの間にはどことなく溝があった。わたしは任務を通して何となく彼らの人となりが分かってきたように思えてきたが、彼らはわたしに対してそんなことは感じていないだろう。きっと最近になって、その溝は不信感と共に大きくなってきているのだろうから。
だからこそ、わたしは思ってしまったのかもしれない。

――あの日に、帰りたいと。

* * *

わたしのスタンドは聞き込みにも適していた。それぞれ聞き込み対象にウケの良さそうな性別・年代・タイプに容貌を変えれば、相手は気をよくして喋ってくれることが多いのである。もちろん、上手くいかないこともあるし、わたしたちがブチャラティの部下であることを知っている一般人に至っては、そんなことしなくても教えてくれるのだが。
そこから情報を得たり、ジョルノがゴールド・エクスペリエンスで遺留物から追跡したりしているうちに、遂に、アバッキオのムーディー・ブルースが犯人と思われる男を再生することに成功した。
ムーディー・ブルースの再生する男は身なりはそこそこ良さそうなのに、顔つきは組織のそれであった。ノンフレームの眼鏡から覗く目が冷たく光る。男が歩く方向を追っていくと、街の中心部から少し外れた地区の、閉店看板の掛かったスタジオに到着した。そこでアバッキオはムーディー・ブルースを解除し、3人で店を覗き込んだ。
完全に閉店し、もう次のテナントが入るのだろうか、外から見ても、中はもぬけの殻のようだった。内装が剥がされているところもある。裏口に回り込み、アバッキオがノブに手を掛けるとドアは簡単に開いた。

「どうも、ここまでの情報からして、あの男はこの写真店の元店主ですね。
立ち行かなくなったようで、最近廃業しています」

店舗に入る直前、ジョルノがひそひそ声でわたしたちに伝える。

「ああ。それで、店を手放してからも人目の付かないここに出入りして、麻薬の取引をしてるってわけだな。そのままここでヤったのかもしれん」

アバッキオがそれに頷き、行くぞと指示をした。
アバッキオ、わたし、ジョルノの順で店舗に侵入する。まだ日は明るいのに、中は薄暗い。
ムーディー・ブルースで再生してしまうと、アバッキオは無防備になってしまう。なので、予め再生する範囲を定めてからわたしとジョルノで護衛し、再生する手筈になっていた。どこに敵が隠れているか分からないからだ。
住居部分の2階にまで上がったところで、まだ撤去されていなかったデスクをわたしたちは発見した。不自然にも、デスクの上にはハサミがひとつだけ置かれていて、妙にそれが気に掛かった。近付くと、アバッキオが小声ながらドスの効いた声でたしなめる。

「おいッ、不用意に動くんじゃあねェッ!」
「でも、ここにポツンとハサミだけが置かれてる……しかも、これ、血か……?」

よく見ると、作業机には何ヵ所か血と思われる赤黒い染みがある。
そういえば、バラバラ死体があったっけ。でも、その現場がここならこんな血の量で済むワケがない。
ジョルノも同じことを思ったのか、話し出す。

「しかし、ハサミで死体を切り刻めるワケが……」

その時だった。物陰…その部屋のカーテンから目が眩むほどの大きな光が飛び出して来た。巨大な照明器具でも隠していたのかと思うほどだった。
しかし、逆光の中映し出されたシルエットで、すぐにそれがスタジオ用のカメラだと分かった。
だが、分かったところでどうだろうか。
光はわたしたちを包むだけでない。まるで目から脳天を貫かれたかのように錯覚した。

――スタンド攻撃かッ……!?

そう思ったときには、目の前は薄暗い部屋ではなくなっていた。