アバッキオは冷凍庫を開けた。そこには、今日の午後買ってきた有名店の高級ジェラートがひとつ、入っているはずであった。
しかし見当たらない。冷蔵庫横のゴミ箱の一番上に、それは無惨にもカラッポで捨てられていた。チッと思わず舌打ちすると、すかさずムーディー・ブルースを出す。
冷蔵庫の前に彼を立たせて巻き戻すも、夕食やお茶の時間を挟むこの時間帯、メンバーが色々なものを冷蔵庫から出し入れする。
これではきりがないと、アバッキオは思い切って自分がジェラートを冷凍庫に入れた直後から早送りしていくことにした。
すると、どうだろう。アバッキオがジェラートを冷凍庫に入れて立ち去った直後の時間、ナランチャとなったムーディー・ブルースがこう言ったのである。
「おおっ、うまそーなジェラート発見!! ラッキーっと!」
思わず怒りに震えるアバッキオ。スタンドをしまうと、すぐさまキッチンを出て、ナランチャの部屋に向かった。胸倉を掴み問いただす。しかし、ナランチャは戸惑いながら答える。
「お、オレじゃねぇよ! ……いや、確かに冷凍庫にあったジェラートを食べようとしたのはホントだけどよぉ……ブチャラティに呼ばれて、結局食えなかったんだ。
ホントだって! ムーディー・ブルースで再生したら分かるって!」
検証のため、本人をそのまま連れて行き、冷蔵庫の前からもう一度再生する。ナランチャはキッチンを出て、ダイニングテーブルに掛けて食べ始めようとする。しかし、ここでピクッと動きを止めて返事をする。ここで誰かに呼び止められたのだろう。そのままジェラートを食すことなく、渋々ダイニングを出て行った。
「テメェ、食べねぇなら冷凍庫に戻せ。溶けるじゃあねぇか。
で、ここにお前を呼びに来たのは誰だ? ブチャラティ本人か?」
「いや、フーゴだよ。ブチャラティが呼んでるから早く行けってうるさくてよォ」
「分かった。疑って悪かった。もう行け」
ナランチャを解放すると、次はダイニングにナランチャを呼びに来たフーゴの再生にかかった。
* * *
「ナランチャ。ここにいたのですね」
ムーディー・ブルースはフーゴへと姿を変え、再生していく。
「ブチャラティが呼んでいます、急ぐようですよ。食事中すみませんが、早く行ってやってください」
その一言でナランチャがダイニングを出て行ったのだろう、ダイニングから出て行くナランチャを目で追って行く。そして遂に見送ると、ダイニングテーブルに近づき、ジェラートを手にした。
――ここからだ。ここからが肝心だ。
アバッキオは心で呟く。
「なっ、これ、よく見たら、アバッキオの名前が書いてあるじゃあないですか。いつも僕の言うことなんて一度で聞いたためしがないのに、今日はあっさり行ってしまったと思ったら……そういうことでしたか」
そう、メンバー共有の冷蔵庫や冷凍庫に、何も書かずに入れておくなど、食べてくれと言っているようなものだ。名前さえ書いておけば、所有権の主張となり、自衛策は取ったことにはなる。高級ジェラートのパッケージを汚すことに躊躇いはあったが、アバッキオは黒マジックで自分の名前を書いておいたのであった。なのに、それはあっけなく誰かによって食べられてしまったのだ。フーゴはジェラートを手にし、じっと見つめたまま突っ立っている。
――フーゴ……貴様、まさか……!
思わずアバッキオの額に青筋が立つが、先ほどのナランチャのことを思い出すと、ムーディー・ブルースをしまうのをやめた。誰かがジェラートを実際に食べるのを見届けてから尋問する方が、無駄がない。
「あっ」
突如、フーゴが声を上げる。それと同時に視線が移った。よく見ると、先ほどまで、溶けないように両手の指で慎重にジェラートを支えていたはずの手が、開かれている。ジェラートを横から奪われたのか。それはフーゴの叫ぶ声で分かった。
「ミスタ!」
やれやれ、とアバッキオは溜め息をつく。
――一体何人俺のジェラートを狙ってんだ。これは冷凍庫に入れたのが間違いだったな。しかし、反省は次に活かすとして、犯人は突き止める…ッ!
フーゴはミスタに咎められたのだろうか、顔を赤くし、ひたすら、違うッ!と叫んでいる。
「これはナランチャが置いて行ったジェラートで……ナランチャが置いて行ったから僕はしまおうとしたんだッ!」
そう言うと、フーゴはダイニングの入り口まで行き、振り返った。
「ミスタ! 僕は知りませんよッ!」
フーゴがそう言い捨て、ダイニングを出て行ったところで、アバッキオはムーディー・ブルースの再生を止める。
――しかたねぇ、次はミスタを再生するか……一度に複数再生できねぇのがツライところだな。
先ほどのフーゴの視線の先に目星を付けると、次はミスタの再生にかかった。
* * *
ミスタの姿となったMBは、案の定、フーゴからジェラートを掻っ攫っていた。
「いやー、フーゴさんよぉ。うまそうなジェラートをお持ちじゃあないですか。さっさと食べないで、何大事そうに抱えてんだよォ。おっ?」
そこでミスタもようやくパッケージに書かれたアバッキオの名前に気が付いたらしい。しかし、ニヤリという笑みを取り戻すと、フーゴにねちっこく言い始めた。
「お前も隅に置けないねェ。まさか、あのアバッキオのジェラートに手を出そうなんて……ああ、ああ、分かってるぜッ、お前が食べないっつーんなら、これは俺が処理しておいてやるぜェ?」
ここで恐らく、フーゴがダイニングから出て行ったのだろう。ダイニングの椅子に掛け、パッケージに手を掛ける。
――ミスタ、やはりお前か……!
しかし、思いがけないことが起こった。ドルチェを目の前にしたミスタの笑みが一瞬に消え、キョロキョロしだしたのだ。
「お、おい、No.1にNo.2。いや、待て、これは違うんだッ。ああッ、No.3、お前まで」
ミスタの意志に反してだろうか、ドルチェに与ろうとしたミスタに気付いた彼のスタンド、セックス・ピストルズたちが、おこぼれに与ろうと出現したのだろう。いや、ミスタによれば、ピストルズたちは、自分が一番仕事をしており、自分こそ分け前が一番多いはずだと各々が主張しているらしい。となれば、狙っているのは“おこぼれ”どころか、しっかりとした“分け前”であろう。六体のピストルズにミスタを合わせた、七等分のジェラートなど猫の額ほどしかない。ミスタも慌てるはずだ。
そうしている内に、すべてのピストルズたちが出揃ってしまったのか、慌てふためくミスタであった。
しかし、何かに気が付いてピタリと動きを止める。そして、ダイニングの入り口から何かを視線で追い始める。
――おいおい、また誰か来たのかァ?
次から次へと入れ替わるチームのメンバーに、さすがのアバッキオもウンザリしてきた。ミスタは急にしおらしくなると、そのまま何も言わなくなった。恐らく周囲のピストルズたちと、この人物に諫められているのだろう。そして、ふーっと溜め息を付くと、吹っ切れたような笑みで、こう言い残して出て行った。
「分かったぜ、ブチャラティ。とっておきのドルチェは自分で調達してくることにするぜ」
――ブチャラティ、だと…?
アバッキオはそれを聞いた途端、ムーディー・ブルースを思わずポーズにしてしまった。
――ブチャラティはさっきナランチャを呼んだところだ。
今ナランチャと話をしているはずのブチャラティが、なぜここに来る……? いや、そもそも……。
そう、アバッキオは根本的な問題に気が付いてしまったのだ。これまでジェラートを手にした誰もが、ジェラートのパッケージにアバッキオの名前が書かれていることに気が付いている。そして、チームのメンバーは全員、そのアバッキオのスタンドであるムーディー・ブルースの能力を知っている。食べてゴミ箱に捨てたところで、その悪行は必ず突き止められ、何らかのペナルティーをアバッキオから受けることは分かっているはずなのだ……唯一、ナランチャがどういうつもりだったのかは知らないが。つまりは……。
――チクショウ。ナランチャをハメやがったな。フーゴか? それとも別の誰かがフーゴもハメたのか? いずれにしろ、この俺がムーディー・ブルースを使うことを分かっていやがる。攪乱させるつもりだな……。しかし、そうはさせねぇぜ!
アバッキオは挑戦的な笑みを浮かべると、次はダイニングの入り口にムーディー・ブルースを立たせた。
* * *
「何やってんだ、ミスタ。外まで声が響いているぞ」
次にムーディー・ブルースが再生しているのはブチャラティだった。セックス・ピストルズたちと騒ぐミスタをたしなめている。それからしばらくブチャラティは沈黙していた。しかし、その沈黙の間に表情が段々険しくなっていく。あえて再生はしないが、恐らくピストルズたちがブチャラティに”密告”しているのだろう。
「ミスタ。セックス・ピストルズもこう言ってるじゃあないか。たかがドルチェのことかもしれないが、不用意にチームの和を乱すようなことをするんじゃあない。ほら、もう溶けかけてるじゃあないか。どれ、俺がしまっておこう」
――まさか、ブチャラティの奴…!
アバッキオの脳裏を、一番信じたくないことが過ぎる。だが、それは杞憂に終わった。ブチャラティはミスタからジェラートを受け取ると、冷蔵庫の前にしゃがみ込み、それをきちんと冷凍庫に戻したのだ。
「さあ、ミスタ。行くぞ」
そう言ってダイニングを出て行ってしまった。
――ああ、ここまで長かったがこれもハズレだな。仕方ない、順に再生していくか。
アバッキオは再びムーディー・ブルースを冷蔵庫の前に立たせると、その後冷蔵庫から食品を出し入れした者を順繰りに再生していった。
しかし、アバッキオのジェラートに手を付けるような素振りを見せる者は、あれから現れなかった。そうするうちに、ジェラートが無くて唖然とする自分が再生されてしまう。これにはアバッキオも驚愕してしまった。
――どういうことだァ!? 間違いなく、ブチャラティはジェラートを冷凍庫に戻した! それから俺のジェラートには誰も触れてねぇ! 一体誰が俺のジェラートに手をつけたってーんだ!?
――コンコンコン。
背後からノックのような音がして、思わずアバッキオは振り向いた。ダイニングの入り口の柱をノックして注意を引いているのは、ムーディー・ブルース…ではなく、本物のジョルノであった。
「どうしたんですか、アバッキオ。そんなところで」
出会った頃からいけ好かないヤツだと思っているせいだろうか、ジョルノのその第一声にさえ、アバッキオは怪しさを感じてしまった。ジョルノはアバッキオには目もくれず、ダイニングテーブルに近づくと、その上に置かれたゴミをしげしげと眺めた。
「そうですか。やられてしまったんですね」
確かに、今のアバッキオの不機嫌そうな表情を見れば、これを食べたのがアバッキオでないことは一目瞭然であろう。ムーディー・ブルースを出しているのもある。しかし、ジョルノの態度はアバッキオにはどこか平然としたものに思われ、そこに何かのアバッキオの勘が働いた。
――コイツだ、絶対にコイツだ……! そうでなければ、コイツは何かを知っている……!!
自らに向けられる睨みが、疑いの目であることをジョルノも悟ったらしい。ふっと笑うと、語り出した。
「なるほど。しかし、アバッキオ。もうムーディー・ブルースで見たかもしれませんが、僕はアバッキオのジェラートに触れていません。僕のゴールド・エクスペリエンスは、拳で触れないと作動しませんからね。
それから、ジェラートを溶かさずに取り出すというのは、至難の技ですよ。僕も以前、氷を扱うスタンド使いと一戦交えましたが、氷の世界で生きられる生物というのは限られていますから、苦戦しました。
それに、保温機能を持った生き物はたくさんいても、保冷機能を持った生き物というのは存在しないんです」
いつものジョルノのウンチクだ、とは思ったものの、正論であることを認めざるを得ないアバッキオであった。ぐぐ……と声を漏らしながらも、ジョルノと対峙する。アバッキオを気にも留めず、ジョルノはジェラートの空き容器に手を触れた。
「ゴールド・エクスペリエンス!」
アバッキオがあっと思ったときには、ジェラートの空き容器は子ペンギンと化していた。
「すみません。冷凍庫の寒さに耐えられるようにと思ったんですが……寒い地域の生き物はみんな大きくて、これくらいしか思いつかなくて…」
子ペンギンはダイニングテーブルから飛び降りると、よたよたと冷蔵庫の方へ歩いて行く。アバッキオが冷凍庫のドアを開けてやると、子ペンギンは跳びはねながら、冷凍庫のものをつつき始めた。
「コラッ、イタズラするんじゃねぇ。ん……?」
子ペンギンがつついたせいで、あるものが床に落ちた。ペンギンは落ちたそれを、一心につついている。
「なるほど……分かったぜ! 俺のジェラートを冷蔵庫から取り出した謎がよォ……!」
アバッキオはムーディー・ブルースを冷蔵庫前から再生した。そして、ある人物が現れると、そのまま再生を続行した。その人物は冷凍庫からあるものを取り出すと、ダイニングを出て行った。アバッキオとジョルノはムーディー・ブルースを追った……。
* * *
ノックもせず、勝手に部屋に入ったからだろうか。いや、それとも自分の姿をしたムーディー・ブルースが入ってきて、ジェラートを食べ始めたせいだろうか。その人物本体は、しばし口を半開きのまま固まっていた。しかし、アバッキオとジョルノと目が合うと、諦めたようにふふっと笑った。
「笑ってる場合じゃねぇぞ。まさか、お前だったとはな……俺の能力を理解してるだけのことはあるぜ」
アバッキオとしては、自分の能力への理解に敬意を払っている部分もある。だが、今回はそれを仲間に悪用されたことに、複雑な思いがあった。
「アバッキオが再生するのはたいてい人間です。物体そのものを再生しないところをついた……と、いうところですね」
ジョルノがそう言うと、その人物は再び笑い出した。
「アバッキオ、ジョルノ、そうきたか。俺としては、ジョルノ、お前がアバッキオに助太刀するとは想定外だったな。アバッキオがチームのメンバーを再生し、それ以外の物質はジョルノが生命を与えて謎を解く。なかなか相性がいいのかもな」
「悠長なこと言ってんじゃねぇぞ、ブチャラティ」
そう、ムーディー・ブルースが再生したのはブチャラティであった。よりによってジョルノのスタンドと相性が良いと言われたせいか、アバッキオは我慢ならなくなった。
「てめェは冷凍庫にジェラートを戻すフリをしてスティッキー・フィンガーズを出した。それで冷凍庫にあった保冷剤にジッパーを付けて、そこにジェラートを隠した。あとは、買い出しのために保冷剤を出すフリをして部屋に持ち出し、スタンドを解除しゆっくり食べるだけだ。ナランチャを呼び出しすのにフーゴを使ったのも、お前の自作自演だな」
ジョルノによってペンギンに変えられた空容器は、しきりに保冷剤をつついていた。それだけでなく保冷剤の底をクチバシで探り、それはまるで潜り込まんとしているようだった。
「ったくよ。ミスタには“不用意にチームの和を乱すな”なんて言ってたが、言ったてめェが乱してんじゃねぇぞ」
そう言うと、アバッキオはずんずんとブチャラティに近付いた。鼻が触れ合うのではないかと思うほど迫る。
「さぁて、ブチャラティ。どうやってこの落とし前付けるつもりだ? あァ?」
しかし、もちろんブチャラティはひるむことはない。相変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「分かっている。これからもう一度買ってくるから、機嫌を直せ」
「分かってねーのはてめェの方だッ! あれは限定フレーバーなんだよッ! 簡単に手に入るモンならこんなに執着するかーッ!」
ブチャラティのスーツに掴みかからんかという勢いなのに、後ろにいたジョルノが笑いを堪えず声を漏らすのに気が付き、アバッキオは我に返った。
「てめェ、ジョルノ、何が可笑しい?」
「いえ、何も……では、犯人も分かったようですので、僕は失礼いたします」
「待てッ、ジョルノ! 待ってくれ……!」
ブチャラティは引き留めようとしたものの、無駄だったようだ。ジョルノは無慈悲にも扉まで閉めて行ってしまった。
「さぁブチャラティ。覚悟はできているか……?」
「お、俺は……」
後日ブチャラティより、そのジェラート店の高級ギフトが進呈された。事の顛末を知ったナランチャとミスタの強い希望により、それは護衛チーム全員で分けられたとな。
FINE.