Christmas Dream【護衛チーム】

「はぁーっ、やっとできた!」

わたしは、思わず暗い部屋の中でひとり歓声を上げてしまった。そこで慌てて他の部屋を振り返る。大丈夫、誰も起こしていないみたいだ。
リビングの電灯ひとつだけに照らされたそのクリスマスリースは、カラースプレーの吹き掛けられた松ぼっくりがキラキラ輝いて、宝物でもつけているかのようだった。中央上に付けられた赤いリボンがそれをキュッと締めている感じがして可愛らしい。

「さぁ、あとはこれを明日飾るだけ! もう眠たいから寝よう……」

既に時計を見れば2時だ。仲間は皆とっくに夢の中だ。そのまま部屋に戻り、ベッドにダイブすれば、わたしもすぐに夢に誘われたようだった……。

* * *

名前を呼ばれたような気がする。

「アレックス、起きて……こんなところで寝ては、風邪をひいてしまうわ」

なに? わたしはベッドに寝たはずなのに……。

「ほら、起きて」

薄っすら目を開ければ、そこにはトリッシュがいる。いつもの洋服ではない。なぜか白いドレープワンピースを着て、背中には大きな翼がある。頭の上には輪っかのようなものが付いているではないか。一気に目が醒めてしまう。

「トリッシュ? その服一体どうしたの!?」
「何っていつもの服よ、これが。わたし天使だもの」
「……は?」

一体何を言っているの、トリッシュ? 思わず二の句が継げなくなったわたしを差し置いて、トリッシュはわたしの腹部を指差した。

「あなた。お腹に赤ちゃんがいる。男の子ね」
「は!? いや、ちょ、ちょっと待って……わたし、そんなことした覚えが……」

一体トリッシュは何を言うのだ。わたしはそういう事とは本当に縁が無い。この年なら経験があってもいいはずだが……。

「これは神様のお導きなの。信じるのよ……」
「は、ハイ……」

なぜか勝手に返事をしていた。いやいや、信じられるかっつの。そう言おうとした口が、なぜか動かない……そうしているうちにトリッシュは眩い光に包まれて見えなくなってしまった……。

「おい、アレックス!」

誰、わたしを呼ぶ声は……? 男性……? トリッシュ、どこに行ったの?

「ほら、子どもも泣いているぞ」
「ハッ!」

子どもという言葉を聞いて、パチリと目を開けた。目の前にあるのは……わが上司、ブチャラティの顔だ。

「なんで? ブチャラティ……」
「眠いのは分かるが、どうも客人のようなんだ。起きてくれるか、俺のプリンチペッサ」
「プリンチペッサ!? なんで?」
「なんでって、君は俺の妻になる人じゃあないか」
「えええええ!?」

待ってくれ。そんな話にも仰天してしまうが、ここはどこだろう。いつの間にかわたしとブチャラティは二人で薄暗い部屋にいた。夜だろうか。近くにひとつ、ランプの灯りがあるだけ。建物の中のはずなのに、冷たい風が吹き抜けていく。どうやら寝てしまっていたようだった。起き上がると、なぜか寝床がガサガサという音を立てる。そこを見ると……なんと、藁を積み重ねた上にシーツが敷いてあるだけだ。それに、赤ちゃんの泣き声は……飼い葉桶から聞こえてくる。

「馬小屋……?」
「そうだ、ここは宿屋の馬小屋だ。覚えているか?」

ブチャラティは心配そうにわたしを見下ろす。

「俺たちは今、戸籍登録でネアポリスまで帰って来たんだ。ただ、戸籍登録の人間で街は溢れてて、泊まれる部屋はどこにも無くてな。身重のお前のことを考えると、とにかく雨風の凌げる場所ならどこでも、と思ったんだが……」
「あ、あの子は一体……」
「一体って……」

赤ん坊を指差したわたしを驚いたようにブチャラティは見つめたが、やがて立ち上がって、飼い葉桶を揺りかごのように揺らした。よく見ると、いつものジッパーだらけのスーツ姿ではない。大変みすぼらしい恰好のはずなのに、彼が着るとボロ着でも魅力的に見えてしまうのが、この男の凄みのあるところだと思う。

「君が昨日産んだ子だ。天使からのお告げの通りだ。本当に男の子だったな。
俺は本当に嬉しかった……君が妊娠したと聞いたとき本当にどうしていいか分からずに、離縁しようとしたことを赦して欲しい」

その言葉まで凄みがあって……ん? 何だって、わたしが……産んだだって……? トリッシュが言った通りだって……!? すると、既に飼い葉桶の横に、2人の少年が座っているのが見えた。羊を一匹連れてきている。まだ生まれてそんなに経っていないのだろうか、子どもの羊だ。

「お産を終えられてお疲れのところすみません」

金髪で、前髪のカールした男の子が跪いて、頭を垂れて言った。

「あれ、ジョルノ……?」

しかし、着ている服はいつもの学生服ではない。溢れ出るカリスマ性はそのままなのに、着ている服はブチャラティのもの以上にみすぼらしかった。わたしの言葉を聞いて、ジョルノは驚いた後にニヤリと笑った。

「さすがですね……天使が貴女にも告げられたのでしょうか」
「天使? って本当にいるのかよって思ったけどよォ。急に俺とジョルノの前に現れて言ったんだよ、ネアポリスの馬小屋に赤ちゃんが生まれたってな!」

ジョルノの言葉を引き継いで言ったのは、ナランチャだった。ナランチャもジョルノと同じ服を着ている。なんでそんな恰好を……という疑問は、すぐに解けた。

「赤ん坊、かわいいよなァ。
それでさ! なんだかよく分からないけど、コイツを連れて来たんで受け取ってくれ!」

そこでドーン! というように両手で示されたのが、例の仔羊だった。つまり、彼らは羊飼い……なのか? しかも、これをどうしろと……? 食べるって言うの……? ラム肉なんて食べたことあったかしら、わたし……? いや、産後の栄養は確かに付きそうだけど……と考えていたところ、ドアがドンドンを叩かれる音がした。

「また客人か……? なんだか多いな。しかも、こんな馬小屋にな」

ブチャラティが応対に行ってくれる。すると、これまでとは打って変わって、テカテカの高価な服を着た人達が、ぞろぞろと馬小屋に入って来たのだった。

「誰……? って、なんだ、フーゴにミスタにアバッキオじゃあないの」

驚いて損をした。ただ、普段着ではない服を着ているのは皆同じだ。フーゴは緑、ミスタは赤、アバッキオは紫のキラキラしたローブとマントに身を包んでいた。冠のようなものまで被っている。

「お、俺の名前知ってんのか?」
「あなた方は異国の者たちか」
「そうだけどよォ」
「僕たちは、星の導きによってこちらへ参りました」

ブチャラティはまるでミスタたちを知らないかのように話す。ブチャラティに意義を唱えようとしたが、それも構わずミスタたちは飼い葉桶の周りに集まる。

「へぇ……これが世の救い主ねぇ。サルみたいな顔してんな」
「ミスタ、失礼ですよ」
「まあ、いいじゃあねぇか。ミスタ、それよりも洗いもしてない手で赤ん坊を触ンな」

現れた3人は赤ん坊に好き勝手に感想を言っている。聞いているわたしは複雑だ。自分がブチャラティと関係を持ったこともなければ、いつの間にか産んでいたのだから。いや、ブチャラティとの子じゃあ、ないんだよね?

「おい、早く例のブツを渡すんじゃあねェのか」

アバッキオに促されて、ミスタとフーゴはハッとして、マントの中から何かを取り出した。

「僕からはこれを差し上げます。お誕生のお祝いに」
「これは……お香?」

フーゴが取り出したのは、小さな小瓶だった。いい匂いがする。恐らく天然の植物性のものだろう。よく分からないままに受け取る。

「子どもは金が掛かるからよォ。俺はコレだな」
「ミスタ、こんな大金、一体どこで……!?」

まさか、あのミスタがこんな黄金を気前よく差し出してくるなんて。明日は槍でも降るんじゃあないだろうか。しかし、その興奮冷めやらぬうちに、アバッキオが意味深に近づいてきた。

「俺からは……これだ」
「……これは……何? これもお香みたいだけど、さっきのとはまた違うわね……なんだかまるでお墓の……」
「その内分かるぜ」

アバッキオは、いつもと変わらない、何を考えているのか分からないニヒルな笑みを浮かべて、わたしの前から離れた。そしてまた飼い葉桶に近づいて、覗き込む。
ブチャラティが傍に寄ってきて、わたしの肩を優しく抱いた。

「ほら、君もゆっくり見てみたらどうだ。君の赤ん坊の顔を」

ブチャラティに促されて、わたしは藁のベッドから立ち上がった。そろりそろりと飼い葉桶に近づく。しかし、赤ちゃんの顔は……眩しくて、とても見られなかった。思わず手で光を凌ごうとしたが、それも虚しく光は強くなっていく気がした。そのまま、ブチャラティも、ジョルノもナランチャも、フーゴもミスタもアバッキオも、見えなくなってしまった。

* * *

どこからかわたしの名前を呼ぶ声が聞こえる……またか。次は誰が出てくるのかしら。またトリッシュなのかしら。

「ちょっと、起きなさいよ。何寝ぼけてるの?」

本当にトリッシュだった。いつもの黒いトップスに、四則計算柄のスカート……。怒った顔で、ベッドに横たわるわたしを見下ろしている。

「昨日、アレを完成させてすぐ寝落ちしたのね……全くもう」

トリッシュはブツブツ文句を言いながら部屋のカーテンを開ける。

「ほら。今日はいい天気よ。お掃除して、クリスマスの飾りつけするには絶好の日じゃあない?」
「飾りつけ?」

もう貴女ったら、とトリッシュは呆れた表情に変わる。

「貴女が張り切って、アジトのクリスマスの飾りつけするって言ったんじゃあないの。リビングに置いてあるリース、あれ、貴女が徹夜して作ったんでしょ? 他にも色々買い出しに行ったって言ったんじゃあない。早く飾りつけましょ。皆その気で待ってるわよ」

そう言い置いて、トリッシュはわたしの部屋を出て行ってしまった。慌てて追いかける。

「おはようございます。どうしました?」
リビングで声を掛けて来たのはジョルノだった。

「良かった、学生服着てる……」
「フフッ……一体何の夢を見たんですか」

そうか、あれはリースや飾りつけのために夜を徹していたわたしが見た、よく分からない夢だったんだ。ところで……と話を続けたジョルノに耳を傾ける。

「僕の渡したコレ、役に立ちましたかね?」
「?」
「嫌ですね、君がジャポネ育ちで、本場のクリスマスはよく分からないから貸してくれって言ったんじゃあないですか」

そう言いながら彼が指差したのは、ダイニングテーブルの上、リースの隣に開きっぱなしになった絵本だった。表紙を返すとこう書いてある。

『イエス・キリストものがたり』

「やっと起きたかよ! 早く飾りつけしよーぜ! どっから飾るんだ!?」

ナランチャが背後から、バシンとわたしの肩を叩くように手を置く。わたしは2人の羊飼いに誘われて、クリスマスの飾りつけを始めたのだった……。

FINE.