或る夏の日【護衛チーム】

「皆、集まったか」

夏真っ盛りのある日。ブチャラティが皆をアジトのダイニングに呼び出した。と言っても、クーラーがあるのがダイニングだけなので、ほとんどのメンバーはダイニングにいたのだが。

「いったいどーしたってんだよ。あー、それにしてもあっちいなぁ」

ダイニングの熱気にミスタが苛立ったように言った。まずそのニットと帽子という服装を何とかしたらどうなんだと、あたしはふと思った。しかし、連日の猛暑ですっかりバテてしまったあたしに、そんなツッコミをする余力はなかった。言えばミスタも怒るだろうし、この暑さでキレられてバトルになっては、エネルギーの無駄遣いのような気もする。

「これを見てほしい」

そう言って、ブチャラティがダイニングテーブルにバン!と置いたのは、一枚の小さな紙だった。

「何だこれは」
「請求書ですね…」

アバッキオとフーゴがその用紙を覗き込む。

「んーっと? 請求金額……14万8千リラ?」
「えぇぇぇ!?」

ナランチャが何気なく読み上げた金額に、あたしとトリッシュは思わず奇声を上げた。日本で言うと9万円くらい。

「そんな大金、何に使ったんですか、ブチャラティ」
「待って……その用紙見覚えがあるわ」

あたしはジョルノの言葉を遮り、用紙の上部を指差す。

『電気料金』

「えっとぉ……オレ、よく分かんないんだけどさ、電気代ってこんなに掛かるモンなのかよ?」
「ナランチャ、君は一体何年イタリアで生活してるんですか……」

いまいちピンと来ていないナランチャに、フーゴが溜め息を付く。

「イタリアは電気の資源が少ない国で、原子力発電もありません。だから、フランスなどから電気を買っているんです。よって電気代が高く付くんです」
「それで? いつもの何倍掛かってるの?」

フーゴが説明している横で、トリッシュが請求書をひったくって前回分の領収金額を見ている。母子家庭育ちのトリッシュも、生活費にはシビアなのだろう。

「おいおいー。もしかしてよォ、スタンド攻撃でウチの電気が沢山使われて、その分請求されてるだけじゃあないのかァ?」
「スタンド攻撃?」
「電気とはまた厄介だな」

ミスタの言葉で、ブチャラティ以外の一同が殺気立つ。だが、そんなメンバーを一瞥してブチャラティは言い放った。

「いや。スタンド攻撃でも何でもない。
お前ら、何でもスタンドのせいにするんじゃあない」

半ば呆れた表情で、ブチャラティは続けた。

「もし誰かのせいということがあるのならば、それはお前らだ」
「ええっ?」
「いや、訂正しよう。原因は……。

この、猛暑だ!」

そう言うブチャラティの額から、タラリと汗が流れた。先ほどミスタにも思ったことだが、ブチャラティもいつものスーツ姿だ。誰もがイタリアに前例のないくらいの暑さだというのに、いつもの服装と変わらなかった。

「この猛暑のせいで、アジトのクーラーの使用量が圧倒的に増えている。
そしたらこのザマだ。普段の倍近い電気料金を請求されているじゃあないか!」

ブチャラティも暑さでイライラしているのだろうか。そう思ったところにジョルノが言う。

「もしかして……さっきから暑いと思っていたんですが、あえてクーラーを弱めていますか? ブチャラティ?」
「えぇ~!? あっちいなぁと思ったらそのせいかよ~。もうちょっとクーラー強めようぜ?」

なんと。電気代が掛かり過ぎていると言っているブチャラティに対して、もっとクーラーを効かせろだなんて、ナランチャはどれだけ強心臓なのだろう。あたしは別の意味で背筋が冷たくなった。

「いいか、今日からオレたちは節電を心掛けるんだッ!!
クーラーは強くし過ぎないこと。家電は同時に複数使わないこと。シャワーと洗濯の頻度を考えること。それから、もう1つある」

ブチャラティはキッチンに歩いて行った。メンバーはダイニングからそれを覗いたり、付いて行く者もいた。あたしは仕方なく、何人かに続いてキッチンの入り口に立った。ただでさえ空調の無いキッチンはダイニング以上に暑い。ブチャラティは冷蔵庫の前に立った。

「アバッキオのムーディー・ブルースで分かったことだが……お前たち、何度も何度も冷蔵庫を開け過ぎだッ!!」

ブチャラティは至って真面目に言っているのだろう。しかし、これにはメンバーの誰もが仕方ないという表情を返した。

「そりゃあそうですよ。水分補給しないと熱中症になってしまいますよ」

フーゴが理路整然と言い放つ。

「アバッキオ、わざわざ調べたのかよ? 冷蔵庫の開け閉めなんてよォ」
「こないだ俺のジェラートが勝手に食われちまったときに、誰が食ったのか、冷蔵庫を開け閉めしたヤツを全員再生しただけだ。ったくよぉ、ブチャラティのヤツもよく言うぜ」

リビングに残っていたミスタとアバッキオの会話が背後から聞こえてくる。

「そこでだ。今後、冷蔵庫の開け閉めはこうする!
スティッキー・フィンガーズ!!」

なんと、ブチャラティは冷蔵庫の前で自らのスタンドを繰り出した。

「開け、ジッパー!!」

すると、冷蔵庫の側面にジッパーが現れたかと思うと、ジッパーが開いたところから冷蔵庫の中身が見えた。

「俺のスタンドで、何とか冷気を逃すことなく冷蔵庫を開ける方法を見つけ出した。これで冷蔵庫の温度も上がることなく、電気代を節約できるはずだッ!!」

ブチャラティはジッパーを閉め、名案だというような得意気な表情だったが、しばらくその場にシーンという空気が流れた……ような気がした。せめて冷たい空気でも流れたら良かったのに、とあたしは願った。冷蔵庫から冷気が漏れてこないので、無理な話ではあったけれども。

「……つまり、冷蔵庫を開けるとき、必ず貴方に言わないといけない……ということかしら?」

トリッシュがブチャラティに問う。

「ええーッ。ブチャラティが出掛けてるときはどーすんだよ!?」

ナランチャも問うた。ブチャラティは毅然と答える。

「当然だ。場合によっては冷蔵庫の開閉を許可しない。
俺が外出中のときは、また考えよう」

厄介ね、というトリッシュの心の声が聞こえてきそうだったが、何よりもあたし自身が面倒くさく感じていた。思わず口にしそうになったとき、ブチャラティに呼び掛けた人物がいた。ジョルノだ。

「ブチャラティ。この猛暑で体調を崩したり、フーゴの言う通り熱中症になってしまう人もいます。命に関わりますし、クーラーも水分補給も、控えるべきじゃあないと思います」

さすがジョルノ!! 灼熱の島国・ジャポネの出身!! あたしは心から賛辞を送りたくなった。そこに便乗する。

「そうよ。それにまず、そんな面倒くさいこと以前にできることがあるんじゃあないの? まず、ブチャラティ、あなたもだけど服装!! そんなスーツじゃあなくて、もっと涼しい格好できないの? 他にも、ミスタにアバッキオ、それから長袖着てるのはジョルノもかしら? 涼しい格好するだけで全然違うと思うんだけど?」

フーゴの穴あきファッションは、涼しいのかあたしにはよく分からなかったのでスルーしてしまったが、名指しを受けたメンバーが、改めて自らの格好を見る。ブチャラティは少し納得したように、天井を仰ぎ見て考えているようだった。

「なるほど、アレックスの言うことも最もだな」
「そ、そうよ! そんな服装じゃ熱が籠っちゃうわよ!
とりあえず服装から変えてみたら? 服のお金は掛かるけど、初期投資だと思えば節約になるわ! それでダメだったら冷蔵庫の件を考えてみたらいいんじゃあないかしら」

トリッシュの発言にあたしは激しく首を縦に振ってしまった。しかし、冷蔵庫の開け閉め管理を先伸ばししようとする方針に、他のメンバーも目の色が変わったのが分かった。いくら幹部のブチャラティの言うこととはいえ、冷蔵庫の使用に不便が生じるのは嫌なのだろう。

「そうだな、たまにはそういうのもアリっちゃアリだなァ」
「見た目に涼しければクーラーの節約になるな」
「それじゃあ、この後、早速行きますか」

厚着組が話す横で、あたしはこっそりトリッシュに近付いて耳打ちした。

「グラッツェ、トリッシュ」
「いいえ、貴女こそベネ! 見た目が暑苦しくってならないもの、あの人たち」

そこでようやくブチャラティも折れたのか、分かったと言って話し出す。

「それじゃあ、アレックスとトリッシュの言う通りにしてみよう。
次回の電気代の請求を見て考えることにする。
クーラーはなるべく節約を心掛けてくれ、くれぐれも熱中症には気を付けるんだな」

ミーティングはそこでお開きとなった。

「ふたりとも、グラッツェ!! オレ、頑張って節約するよ! 冷蔵庫の自由にためにもな!」

ナランチャがあたしたちに声を掛けて来た。

「ったくよォ。幹部に昇格して、そこまでケチケチしなくったっていいのによォ」
「まあミスタ、カネはあった方が良いだろう。手段としてな」

ミスタがこっそりと呆れたように言ったが、アバッキオが最もらしい言葉でなだめた。

この後、ブチャラティチームは電気代の節約に成功し、冷蔵庫の自由は守られた。

FINE.