街から遥かに離れた荒野。自分たち以外に誰もいない土地は、空気も澄み切って、星々もネオンや街灯に邪魔されることなく、その輝きを十分に発揮していた。それはビロードの生地の上にダイヤモンドの欠片をたくさん零したようであって、祖国でも、なかなかお目にかかれる光景ではなかった。
身体は疲れ切っているはずなのに、寝入られずに、そんな星空をぼうっと見上げていた。周囲からはポルナレフのいびきや、ジョースターさんや花京院の寝息が聞こえる。承太郎も既に休んでいるらしい。そして……獣が寄って来ないように、火の番をしている、アヴドゥルさんの影。実はさっきから星空を見つめる視界の端に、彼は何度か入っていた。
「眠れないのか」
誰とは呼び掛けなかったし、アヴドゥルさんはこちらに背を向けたままであるものの、それが自分に向けられたものであるのが分かった。観念して、枕替わりにしていた両手を組み解き、それらを後ろについて起き上がる。
「寝ないと、明日が辛いぞ」
「分かってますっ、子どもじゃあないんですから」
いくら交代制とはいえ、火の番を担う彼にだってそれは言ってやりたかった。なぜなら、火をいじりながら彼は何かの書物を手にしているのにも気付いていたからである。
「何、読んでるの……? 占星術?」
寝袋から這い出て、焚火に近づいた。もう起きてしまえ。ポットの中にお湯が残っていないか確認しつつ、アヴドゥルさんの持っていた本のタイトルを読み上げようとして、はたと気が付いた。
「そういえばアヴドゥルさんって、占いはタロットカードが多いように感じてたけど、本当は占星術の専門家でしたっけ」
湯沸かし用のポットを火にかけながら、返答も待たず、わたしは続けた。
「ところで、占星術って何です……?」
所謂星座占いというヤツかと彼の方を向いて尋ねれば、アヴドゥルさんはふっと笑みを漏らして、まあそうだなと言った。
「生まれたとき、太陽が星図にどこに位置していたか。それが所謂十二星座占いというものだ。他にも月はどこか、水星は、金星は……と、本来はもっと幅広いものだ。太古の昔には、占星術師は星の動きを読んで国家の吉凶まで占って、時の権力者はそれを参考にしていたとも言う」「へぇ……でも、現代なら星の軌道なんて科学の力で読めちゃいそう」
承太郎から借りた科学雑誌に、この間天体の話が書いてあったのを読んで、それを思い出した。
「はっはっは、それを言われちゃあ、参ってしまうな」
その笑いはカラカラとしているようで、その目尻が若干下がっているのを見逃さなかった。違う、あなたを悲しませたくて言ったんじゃあないのに……なんだか胸がざわざわした。
「で、でも、日本の七夕だってね! 昔からある伝説だけど、星の動きや天候なんかは理に適ってるんだから……科学だけじゃあ読めないことや思いつかないことだって、あってもおかしくない……」
よね? と尋ねようとして、アヴドゥルさんを見上げた。アヴドゥルさんはそこまで日本の文化を知らないか……と思ったが、彼は口の端を上げていた。
「ミルキーウェイを渡る夫婦の話だろう……そう、確かに理にかなっている。年に一度近づく星に、雨が降れば雲に隠れるミルキーウェイ……か……」
アヴドゥルさんはそう言いながら、夜空の中のほのかな光の塊を見上げる。月明かりでさえ妨げになってしまうようなこれらは、月の沈むこの時間でないと見る事はできない。
「しかし、いくら科学技術が進んだからといって、何もかも読める訳ではない。突然燃えて消えてしまう星もあれば、広がるブラックホールもある……人もまた、そうかもしれないな」
澄み渡るような空気の中、アヴドゥルさんの声が静かに響く。焚火が燃えているはずなのに、うすら寒いものが通り抜けて行った気がした。
「アヴドゥルさん」
ん? と振り向いたアヴドゥルさんの表情は、思った程深刻では無かった。それでもわたしは、確かめるように訊かずには居られなかった。
「DIOを倒した後だって……わたし、またこうやってアヴドゥルさんとお話したり、出来ますよね……?」
「ハッハッハッ……」
アヴドゥルさんはいつものように快活に笑う。勿論、横で寝ている仲間の為に、小声ではあるけれども。そして天の川をなぞるように眺めるのだった。まるで探している星があるかのように。
「流れ星を見つけたら、そう祈っておくんだな」
そしていつの間にか湧いていたポットを指差して、それを飲んだら早く寝床に戻るように、彼は促したのだった。
END.