ふと気が付いたときには、わたしは岸部露伴邸の玄関に蹲っていた。それを見下ろす、奇妙なヘアバンドを頭につけた青年がいる。この人が岸辺露伴だろうか。
「君の要件は分かった」
「え? わたし、何か言いました?」
一体何が起きたというのだろう。わたしは岸辺邸のインターフォンを押して、向こう側から扉を開けられたと思ったのだ。まだ何も言っていないはずなのだ。なぜ、まるで気でも失っていたかのように床に座っていて、その間の記憶が無いのだろうか。
「アレックス。ぶどうが丘高校の1年生。真面目な性格から風紀委員会のクラスの委員に抜擢。他のクラスの風紀委員となった康一くんと知り合い、そのつてで仗助や億泰、プッツン由花子とも顔なじみになる。今日は康一くんが熱を出して、僕との約束を守れなくなったという伝言を頼まれて来た、と。なぜなら由花子は康一くんの看病をするし、仗助と億泰も別の用事があって来れないからだ」
まさに、読んだこともない漫画家の家にわたしがわざわざ来た理由を、この人は言い当ててしまった。ギョッとするわたしの顔を見て、彼はニヤリと笑う。
「いいね、その表情、リアリティがあって」
なぜか彼の手元にはスケッチブックがあって、彼は素描を既に始めていた。
「女性の顔を一切描かないわけじゃあないが。ホラーを描くなら必要なこともあるだろうからなァ」
ササッとそれを描き上げてしまったのか、再びわたしに目を合わせてきた。
「それにしても……高校生っていうのは、こんなくだらないことを考えて生活しているものなのか? 委員会通じて友達できただの、あの仗助と知り合えただの……」
「ひいいいいッッッ! やめてくださいッ!」
なんなの、この漫画家はッ? 表情一つ変えずに、平然とわたしの脳内を、読心術でも使うかのように読み上げている。小っ恥ずかしいこと、この上ない。仗助くんと知り合えたことは純粋に友達が増えて嬉しいのもあるし、下心が無いわけではない。
「まあいい。この岸辺露伴と知り合えたんだ。プッツン由花子じゃあ当てにならないし、リアルな女子高生というのを知ってみてもいいかもしれないなァ」
顔から火が出そうなわたしを差し置いて、岸辺露伴は呟いている。かと思えば、しゃがんで顔をグッと近づけてきて、こう言った。
「またおいで。君のリアリティーを僕に」
END