艶の良いカールした巻き毛を持つジェラートは、中身もまた猫のようだったと思う。彼は人を選んで懐いていたように見えたからだ。
今思うとたまたまそれが、チームに来た当初わたしだっただけだのだろう。仕事の割振り役・リゾットの采配が大きかった部分もあるとはいえ、わたしは大きな勘違いを犯していた。彼と組まされた事によってわたしは彼に惹かれていったのだし、彼も……少なくともその時は、わたしに心を開いてくれたのだ。
しかし、それはソルベがこのチームに現れて変わった。
ジェラートは始めの頃こそ、わたしの隣から遠巻きに彼を訝しげに見つめていただけだったのに、いつの間にかジェラートが擦り寄る相手はソルベに成り代わっていた。任務の組み合わせもいつしか、わたしから、ソルベとジェラートの組み合わせが多くなっていた。任務の時以外にもあんなに世間話や無駄話をしていたのが嘘だったように、わたしは彼と会話をする事すらなくなってしまった。それは任務の都合によるすれ違いだけではない気がした。
「お前ら、コレだと思ってたのによ」
笑いながら自らの人差し指と中指とを絡ませるホルマジオにも、へらへらした笑いを返す事しか出来なかった。
でも、鋭い彼の事だから、それからは一切ジェラートの話を振られる事は無い。それが却って重くのしかかった。認めざるを得なかったからだ。
ある日、二人はチームが請け負った仕事の後ミーティングに顔を出さなかった。リゾットが眉間に皺を刻みながら唸る。金にがめついソルベが顔を出さない訳がないと言うのはわたしも分かった。そして恐らくその金を使う相手であろうジェラートだって。
「どこかでシケこんでんじゃあねぇか? アイツらできてんだろ?」
イルーゾォの無遠慮な言い方に、グッと堪えて何でもない振りをした。プロシュートがイルーゾォに、おいと声を掛けるのを思わず睨みつけてしまった。わたしと目が合ったイルーゾォが一瞬ヤバいという顔をするも、それはすぐにニヤニヤしたものに変わった。でも、それで良いのだ。変な気遣いは止めて欲しい。
それよりも、リゾットの表情が気に掛かった。そう、二人が一緒に仲良くしているのはいつも通りじゃあないか。むしろ、それでいいじゃあないか。何かあったんじゃあないかなんて、考え過ぎだってば。そう言いたかったのに。
* * *
その日は一日中落ち着かなかった。
二人を探しに行ったメンバーが多い中、わたしはどうしても外に出られなかった。だから、せめてここでの仕事をしようと真っ先に電話を取った。
ホルマジオの焦燥した声を耳にして、すぐに無言のまま受話器をリゾットに渡した。ホルマジオは電話を取ったのがわたしだと気付いた時、一瞬息を吞んだように聞こえた。わたしが取ってはいけなかったのだ。冷静に受け答えするのかと思いきや、あのリーダーまでが狼狽えて声を震わせていた。ガチャリと受話器を置くと、目が合ったわたしにリゾットはこう言った。
「ホルマジオが言っていた。お前は、来るなと」
それだけで分かった。彼が見つかったのだと。
「リーダー、それは、あなたの命令ですか?」
「……そうだ」
「それで? ここには彼を迎えないつもりなんですか? そんな事やってもキリが無いのに」
リゾットは暫く無言だった。確かにチームで紅一点だったが、このチームは暗殺チームで、わたしはギャングなのだ。チームの仲間が死のうが、好きな男が死のうが、わたしは生きるために仕事をしなければならない。
「お前に任せよう」
リゾットの低い声を静かに聞き取って、わたしはすぐさまその場所へ向かった。ドアを開けたホルマジオは正気じゃあねぇという顔をした。血まみれの部屋に、彼はいた。安心した事に、辺り一面にべっとりと付着しているのは彼の物では無かった。それで一旦は安心したのに、彼の恐怖に歪んだ表情を見て、やはり苦しくなった。
――ねぇ、やっぱりわたしにしとけば良かったんじゃあない……?
彼の身を起こして、そっと冷たく硬くなった頬を包み込みながら、声には出さず彼に語り掛けた。
――わたしと一緒に居れば、地獄を見ないで済んだかもしれないのよ?
果たしてそうだろうかと自問自答する。結局誰と付き合っていようが、それがギャングであればどっちにしろ見るのは地獄なのかもしれない。プロシュート兄貴のような人ならば、栄光かもしれないけれど。
――punizione.
ジェラートに貼り付けられていた紙が目に入る。わたしに向かって言われているのだろうか。ホルマジオからはわたしがどう見えていたのかは分からない。でも、冷静を装いつつ、この言葉がわたしに向けられているのではないかと思える程には、神経が過敏になっていたのだと思う。そのままホルマジオと二人で、ジェラートの遺体を運び出した。
後日、怪しい荷物がアジトに搬送されてきた。あの日と同じ胸騒ぎがする。それでも三十六個にも及ぶ額縁だと分かると、一度は肩の力が抜けた。たちの悪いイタズラだ。ペッシの一言を聞くまではそう安堵していたのに。
「これ……色が同じだッ……ソルベがいつもしてるペディキュアと……! 俺見たことあるんだ……ジェラートとオソロのヤツだ!」
すぐにリゾットが額縁の中身を並べるように指示する。指示に従い七人が額縁の中身を置く三十六回の鈍い音が、まるで男の足音のようだった。誰が、どこに向かうと言うのだろう。それはすぐに分かった。
「ソルベ……」
最後にペッシが指差していた額縁の中身を、わたしが爪先にコトリと置いた。皆が息を呑み、ペッシだけでなく、あのホルマジオまで悲鳴を上げていた。わたしは無言のままその足の指を見つめる。ジェラートはわたしに擦り寄って話をしてくれた事はあっても、目に見える何かを共有してくれた事は無い。ソルベはわたしに無い物まで持っていた。そして……。
「ジェラートはよォ……」
イルーゾォが唾を呑み込みながら、顔を青くして語る。そう、イルーゾォの言う通りで間違い無いだろう。ジェラートが与えられた地獄というのは、きっと自らの死だけではなかったのだ。
「馬鹿……」
切り刻まれたソルベの苦悶の表情を見て、またペディキュアを見た。ペディキュアだけじゃあない。その悶絶した顔までふたりは何だか似ている気がした。
「おい、大丈夫かよ、そんなマジマジと見詰めなくてもよ……」
ギアッチョがソルベの前に仁王立ちするわたしの肩に手を掛けた。
「いい……マンモーナじゃあないのよ」
「おいッ、心配してやってんのに……」
肩に載せられた手を振り払った。キレそうなギアッチョをなだめてるのは、さっきまで吐きそうになっていたホルマジオだった。
「ま、まあ落ち着けってギアッチョもよ」
「いくら恋敵とはいえ仲間なんだから、あ……」
いつもギアッチョの怒りを抑えているメローネが続いたが、不味い事を言ったという自覚は本人にもあるらしい。その後はこれまたいつものようにリゾットにお叱りを受けた。でも、余りにも無表情の彼が何を想っているのか分からないのと同様、彼が何を言ったかもその後は殆ど覚えていない。ただ、ジェラートもソルベも、ふたりして帰って来られないところまで行ってしまったという実感だけが頭を堂々巡りしていた。
――彼らには、やっぱり敵わなかった。
どうしてか、わたしはソルベに敵わなかったとは思わなかった。それだけふたりはふたりとしてわたしの中でも認められつつあったのだ。
「皆……」
後日、教会で彼らの棺をふたつ送り出した後、リゾットがメンバーに言った。
「これっきりソルベとジェラートの事は忘れろ」
皆は黙って席を立ち、教会を出ていったが、リゾットは変わらず掛けたままだった。その背中を、同じく後ろの席から掛けて見詰めていると、彼は前を向いたままこう言った。
「お前は特にそうだ。聞いているのか」
「ええ、勿論」
そしてわたしも、他のメンバーと同じく礼拝堂を去った。
彼らの名前は時に熱く、時に冷たくわたしの心に響いていたのに、今日からはもうそれも赦されない。それならばふたりして出ていって貰おう。名前の如く、溶けてなくなってしまったのだ。ふたりして。
「ああ……」
溜め息の際、身体から彼らを追い出すように、目から鼻から、涙が溢れ出る。やっとだった。
「やっぱり敵わないよ、あんたたち」
きっと溶けて無くなる前に、そして無くなった先があるならそこでだって、ふたりは溶け合って一生離れないんだろうから。
FINE.