シンデレラナイトは終わらない【ミスタ】

 汗ばむ陽気が続くようになった頃、街に夏祭りのチラシが貼られると、アレックスの心は高鳴った。こんなご時世で開催も危ぶまれていただろうに、その鮮やかな色彩のポスターを見ると安堵してしまう。

 そして、今年こそは……と決意を新たにする。しかし、ベルを鳴らしながら拠点にしているリストランテに入れば、よく効いた空調に火照った身体も頭もクールダウンされた。

 リストランテでも、ブチャラティがそれを手にしていた。周りには、祭だ祭だと騒ぐナランチャ、ミスタと、呆れるフーゴ。黙って先輩たちを観察しているジョルノ。気にも留めないアバッキオ。そしてそれを「お前ら!!」と嗜めるブチャラティ。しかし、ナランチャも、ミスタも祭を楽しむ気満々のようだ。それを見て思わずアレックスの頬も緩みそうになる。が、口元にグッと力を入れて、平静を装う。

「アレックスだって楽しみにしてんだろ!?」

 そんなアレックスに、ミスタは構わず肩を叩いてドキリとさせてくる。

 そう、アレックスは以前から彼に心奪われていた。でも、チームメイトの彼とギクシャクしたくない。その思いのあまり、気持ちに蓋をしてきた。だが、この夏祭りこそは彼に思いを伝えたい。そう決めていた。

 だが、当然の如くその日はシマの見回りをしなくてはならないので、デートなど誘えるワケ無かった。特に何の策略も練られないままその夜はやって来て、去年と同じく皆で見回った。2人か3人ずつで回ればいいものの、頭数が多い方が威圧感があるというブチャラティの考えに皆従っていた。きっとナランチャやミスタが心配だったんだろうな。それならフーゴやアバッキオと組ませれば良かったのに。

 しかし、このご時世でせっかくの羽伸ばしの機会であるからか、思ったより人出が多い。段々とメンバーが人混みに呑まれていった。

「お姉ちゃん、ひとり?」

 かと思えば、いかにもチャラそうな男性に腕を掴まれる。まあ、ミスタもこんな感じなのだが、それでも好まざる相手からのアプローチは鬱陶しい事この上ない。これでもギャングなので、怯む事なく腕を振り払った。

「おぉ、お姉ちゃんコワーイ。でも素敵だね」
「あっちでプロジェクションマッピングが始まるけど、一緒にどう?」

 どうも二人組だったらしい。ギャングだと人目のある所で目立ちすぎてもいけない。どうするか一瞬迷ったところで声が掛かった。

「お前、どこ歩いてんだよ? 探したじゃあねぇか」

 そして肩に添えられる骨張った手。アレックスに掛かる、特徴のある帽子のシルエット。

「ツレが迷惑掛けたなァ?」

 ミスタの決して笑っていない瞳に、男たちは頬をひきつらせて笑いながら去って行った。

「ごめん、油断した」

 いつもの名前 なら相手をボコボコにしているところだったのに。やはり特殊な環境というのは判断力を鈍らせるらしい。しかし、ミスタはそんなアレックスの謝罪にはお構い無しで言った。

「プロジェクションマッピング? っつーのか? あっちだとよ。ほら、行くぜ」

 ミスタはそう言いながら、肩に置いていた手を腰に回して引き寄せるようにアレックスを連れていく。余計に思考回路が麻痺しそうだった。思わず声を上げるアレックスに、ミスタは何の気なしにアレックスを見下ろす。

「見ねーのか?」
「そうじゃあなくて」

 ブチャラティたちを探して合流しなくては……それにこの体勢は……そう頭では判っていた。それでも、これ以上はぐれたらマズイだろーが、と言うミスタのその言葉に頷いてしまったアレックスがいた。よく考えればプロジェクションマッピングの方が人は多いはずなのに。

 すっかり日の落ちた中、向こう岸の城壁に映し出される映像は立体感がある。かつ横ではそれに合わせて、アンサンブルが生演奏を披露している。普段こういったものに触れる機会のないアレックスでも、ファンタジーを感じられずにはいられなかった……はずなのだが。

「!?」
「どうした?」
「いや、何でもない」

 全く、自分というものにこうも呆れてしまうとは。ジョルノが以前、自分の祖国には「花より団子」という言葉があるとわざわざ教えてくれた言葉があるのだが、本当に自分はその通りだ。

「お前、食い意地張ってんな……」

 アレックスの視線を辿ったミスタが笑いを堪えながら言う。

「う、うるさいわね!! あのジェラート店、今日はなぜか臨時休業だったし、いつも並ばないと買えないのに……まさかこんなところでこっそり出店してるなんて!」
「ま、アレックスが旨いって言うなら間違いねぇな。今なら皆プロジェクションマッピングに夢中で空いてるぜ。行ってみるか」

 ちょっと! とアレックスが制止する間も無かった。ミスタはアレックスの腕を引いて、人混みの合間を縫って行く。確かにミスタの言う通り、プロジェクションマッピングが終焉に近づくにつれて行列が後ろに伸びていく。

「なっ、言ったろ?」

 そう言うミスタはいつの間にかアレックスの注文したジェラートを手にしている。あれ? と声を上げれば、彼は更に得意気になって続けた。

「今日は特別にミスタ様の奢りだ」
「え、何、どうしたの?」

 いいからいいからとジェラートをねじ込むように渡された。早速口にしてみるも、意外にもそのベリージェラートは甘酸っぱかった。舌から伝わる冷たさを味わっていれば、視線を感じる。振り向いた途端、パッとミスタがそっぽを向いてしまった。

「ねえ、さっきからどうしたの?」

 今日のミスタは何だかおかしい。でも、ミスタは先に歩いて行ってしまうだけだった。それを見てハッと我に返る。わたしが今日何をするべきだったかを。

「ミスタ!!」

 思ったより大きな声が出てしまった。しかし、彼のピクリと上がった背中はすぐ振り返ってくれて、切なそうにアレックスを見た。

「悪ィ悪ィ。なぁ、それ一口くれよ?」
「え? 勿論いいけど……」

 さっきの緊張感は一体何だったのか。短い時間のうちに身体の熱が上がったり引いたりしてクラクラする。ベリー系のジェラートの赤と青が混じり合って、まるで彼の容姿のようだった。彼とひとつのジェラートを分け合い、その後も色んな屋台を見たり、夜中も特別に開放されている庭園に入ったりした。

――良かったんだろうか、屋台や中央広場から離れても。

 時々こうやって我に返ってしまう自分が嫌になったが、そこはアレックスも組織の一員だった。

「ねえミスタ。そろそろ戻った方がいいんじゃあ……」

 すると彼は、しっと人差し指を立てて口の前に当てた。

「いよいよ本日の目玉、花火がこの後打ち上げられます。皆さま、ぜひご覧くださいませ」

 近くに設置されたスピーカーからアナウンスが聞こえる。

――祭が……終わってしまう……。

 ここまで夢のような時間だった。でも結局はアレックスとミスタは組織の人間で、チームメイトだ。夜が明ければいつも通り任務が待っている。人を痛め付ける事だってあるだろう。それにいつまでも仲間でいられる、いつまでも平穏無事に過ごせる保証も無い。

――こんな幸せな時間があった……それだけで十分じゃあないの。

 そう思い立って、ぶるっと頭を振ってミスタに笑顔を向けた。

「ブチャラティに怒られちゃうかも! 見つけられる前にこっちから見つけないと!」

 しかし、腕を取って向き合ったミスタの表情は真剣そのものだった。思わずアレックスは足を止めて、自分から取ったはずの手を外そうとした。しかし、ミスタは逆にそれを握り返して来た。

「俺……」

 歯切れ悪くミスタが話し出す。しかしその瞳は煌めいていて、何らかの決意を感じさせた。

「こんな事……つまりそのォ……アレックスと、2人きりになんて、滅多になれねぇからな。お前は誰とでも仲良いし、ブチャラティやフーゴにも信頼されてる。俺もついつい他のヤツと絡みがちだしよ。だから、今夜はなかなか良いモンだったぜ」

 エヘヘ、という慣れない笑い方は、見た事のないものだった。

「お前、カワイイんだもんなァ。だからそうやって歩いてりゃすぐナンパされちまうだろうしよ。他のヤツらに見せるなんて、もったいねーよ」

 たとえブチャラティたちでもな。そう言い添えた彼に、どういう意味か尋ねようとした。それって、つまり……もしかして、ミスタ……それなら、わたしだって……どう言い出すべきかを迷っている間に、ヒュウウンという音がした。

「パァァァン!!」

 まるで見計らったようだった。濃紺の空に、色とりどりの光の華が咲く。祭のポスターに描かれていたのと同じ。そうだ、アレックスは思い出す。今夜こそ思いを告げようと思っていた、その理由を。

 しかし、2人は黙ってただ、次々に打ち上げられる花火を見上げるだけだった。光を解き放って消えていく花火が、まるでこの夜のようだった。夜中の魔法はこれで終わるのだ。最初はそれだけで満足だった。

――でも……ミスタがそんな事言うなら……いや、それが無かったとしても、これっきりなんて嫌だ!

 まるでそれに抗うように、そして花火の前の彼の言葉を繋ぐように、アレックスはそっとミスタの手に自分の手を沿わせた。ミスタが驚いたように身を震わせる。しかし、すぐにそれが握り返されたのを感じて、アレックスの瞳が熱くなった。

――ねえ、ミスタ。

 声無き声で、アレックスは語り掛ける。ミスタを見上げる視線に気付いたのか、ミスタがアレックスに視線を送る。花火を受けて照らされた彼の表情も、なんだか眩しい。

――やっぱり、いつまでも終わらないで欲しい。このお祭りは、ノッテ・ビアンカ……白夜なのよ? 夜通し灯りが点いたままの街で、朝まで続くんだから。

FINE.