「ミスタ、アンタ何言ってんのよ!」
思わずバシンと彼の頭をひっぱたいてしまった。テレビカメラが目の前にあるのも構わずに、な。
「何ってよォ……バイトの同僚と初詣デートに来ました、今年は幸先良いですって言っただけだろうがよォ……」
恐らく初詣の参拝客を取材していたテレビ局のカメラだろう。インタビュアーの女性もカメラマンの男性も目を丸くしてわたしたちを見つめている。
「だからって……もう……アンタってほんっとうに……」
バイト先で何か言われたらどうするの? あーッパートのおばちゃんたちに何言われるか分かったもんじゃない! それに、ミスタは良くてもわたしの高校はバイト禁止なんだよッマジでバレちゃうじゃんかぁ!
「分かった分かった、行こうぜ」
散々バシバシと叩いたわたしをなだめるように、ミスタはわたしの両肩に手を置いて、そのままテレビカメラの前から退散させた。
ミスタから初詣に一緒に行かないか誘われたのは、なんとクリスマスの夜のことだった。わたしたちの勤めるハンバーガーチェーン店は、チキンやクリスマスセットを扱っていないことはないものの、フライドチキンがメインの某チェーン店に比べれば本当にのんびりしてたと思う。
「お前、大晦日から正月ずっとシフト入ってんのに、3日はないじゃあねぇか。暇?」
客が途切れたタイミングで、厨房から出てきたミスタが唐突に声を掛けて来た。どうしてそこで、その日だけ家族と過ごすのかとか、気の利いたことが言えないんだろう、この人は……。
「は? そんな言い草……」
「何も無いならよォ……」
そこからは小声でボソボソと早口で言われた。さっきはミスタに対してああ言っておきながら……と言われても仕方ないのだが、この時のわたしは本当にデリカシーが無かった。
「は? ミスタが? 神社行くの?」
「おメェなァ~……俺はこう見えても、神サマとか運命とか信じてんだぜ」
もしかしたら気のせいだったのかもしれない、ミスタの顔が赤かったように思えたのは。そこからはいつもと変わらなかった。そこからつい、その場のノリでわたしは承諾してしまったのだ。
「意外と並ぶんだなァ……」
「そりゃあ、まあ、皆目的は同じなので……」
参拝待ちの行列で、わたしたちはたわいない話を沢山した。シフトが被ったときや休憩中に話をしたことはあるけど、高校も違うわたしたちがこんなに話し込んだのは初めてだったのかもしれない。
やっと順番がやって来て、二人で一緒に鈴緒を持って揺らした。普段一緒に仕事をしているはずなのに、なんだかその共同作業に顔が熱くなってしまった。意外とお辞儀が綺麗なんだな……と横目で見てしまう自分に気が付いて、思わずハッとしてしまう。そう、わたしは神様の前に来ているというのに、ミスタのことばかりに気を取られているじゃあないか。柏手を打つと同時に、自分の気を引き締める。それでも、横で静かに手を合わせて目を閉じる彼の横顔を、そっと盗み見てしまった。
――神様……こんな信仰の薄いヤツですが、どうかこれからもバイトが続けられますように……接客が上手くなりますように……成績が上がりますように……家族が健康でありますように……それから、それから……。
「おい、次のヤツら待ってるぜ」
急に腕をグイッと引かれた。思わず転びそうになったのをなんとか踏みとどまりながら、そのまま速足で歩き出したミスタについて行った。
「ちょっと、何すんのよッ……」
「何をそんなにお願いしてたんだ? 長ェなァ」
え? とからかうようにミスタが訊いてくる。さっき願った内容をそのまま伝えた。
「そーゆーミスタは何お願いしたのよ?」
「んまー、お前と同じような感じだな」
そっぽを向きながらそう言うミスタにあれ? と思った。そこで、……気付いてしまった。その顔が、今日のことで誘ってきた時のように赤くなっていることに。
「俺はな、運命って信じてんだよ」
「言ってたね……」
「だから、お前が学校にバレてバイト辞める日か、進路決まってバイト辞める日か……そういう避けられねェことがぜってェある。でも、願わくはだな」
その先を、息を呑んでミスタを見つめて、待った。
「その日が一日でも遠くであるように。そんで、できれば……」
今度は強引に掴まれる訳でなく、手が差し出された。その手を、思わず取った。
「いいのかよ、さっきのテレビみたく、勘違いされるぞ」
「いいよ、ミスタなら、何を言われたって」
そのまま、わたしたちは手を繋いで帰った。神様は、あそこで祈れなかったことまで聞き入れてくださったのだ。
FINE.