そんなタイプではないと思っていた。普段、チームの仲間だって極端に女扱いしてくることはない。ひとりのチームメイトとして適度に接してくれていると思う。それがどうだろう。
「アレックスさん、クリスマスの予定もう入っちゃってます? まだなら是非……」
仕事で回った先、お気に入りのカフェ。そして今はリストランテへ戻る街の一角で。これで何回目だ。どうした、いきなりのモテ期到来か? 内心戸惑いながらも、断りを入れる。
「誰ですか? 貴女との約束を取り付けたラッキーボーイは? 僕だったら予約殺到でキャンセル待ちの、あの高級ホテルのディナーを味わえますよ……?」
どうしようか。それでも皆、ただの社交辞令で、女性への挨拶代わりのようにそう言っているだけと思っていたのに。食い下がられたのは初めてだった。
「俺だぜ……!」
肩に回された腕の重み、そして背後からの声に全身が硬直する。恐る恐る横目で見れば、それは決して笑っていない目で相手を見つめるミスタだった。もう片方の手が腰の銃に掛かるのを見れば、相手も引き下がるしかなかった。
「お前さァ、ギャングなのに後ろ取られてるんじゃあねぇぞ」
相手が去っても、ミスタは肩に回した手もそのままに、よりわたしの耳に近づいて囁いてくる。振り払おうかと思ったが、仰る通りだ。それに、公衆の面前で好きなようにさせとくのも、こういう誘いが減っていいのかもしれない。無言のわたしを、ミスタは更に問い詰めてくる。
「それでよォ。お前なんでクリスマスは仕事入れてないんだ? やっぱ予定あるのかよ? そうならそうと……」
「あるにはある」
「なら、ハッキリ言わねぇと、いつまでもさっきみたいによォ~」
そこでわたしは、首をかしげるミスタを漸く振り切って、嗚呼と頭を抱えた。そのままいつものリストランテへ歩き出す。
「別にいいじゃあないの。家族とも縁を切って、特定の相手を持つことも憚られるようなギャングが、お一人様クリスマスしたって」
家でやることがある、と後に続けた。
「いつも部屋は殺風景だけど、リース飾ったりとかね……料理も、いつもはテキトーなことが多いけど、この日だけは気合入れて食事作ってみようかな、とかね。ホントは料理作るの好きなんだから、わたしだって」
クリスマスのことを想う度に、目の前に浮かぶのは、子どもの頃の家庭の風景だった。わたしはこんな落ちぶれたというのに、今でもどこかでその温かさを求めている。どんなに高級なリストランテのディナーでも、どんな綺麗なイルミネーションでも、きっと敵わない。くだらないと皆笑うだろう。ミスタが後ろから追ってくるのが分かる。どんな表情で聞いているのか分からない。
「で、それを一人で過ごすのかよ?」
蔑まれた目線を覚悟して振り返る。でも、彼はそんな目をしていなかった。歩み寄って来て、再び肩を抱かれる。
「で、何作るんだ? メインは肉か? 魚か?」
「それはもう魚介類でいいかなーと思ってたんだけど」
「あとは、パスタ? ブルスケッタ? 俺はブルスケッタにトマト載っけたのが好きだけどよォ」
「いいわね……でも、せっかくだからカンネッローニなんてどうかと思ったけど」
「ほ~ォ。ドルチェは?」
「そりゃあ、パネトーネでしょう」
そこまで話して、ふと足を止めた。肩を抱かれながら歩いて、わたしは一体何を浮かれているのだろう。
「俺が手伝ってやるから。何だったらワインくらいは差し入れてやる」
同時に立ち止まったミスタは、そんなわたしの頭をくしゃくしゃと撫でて、今度は彼が先に歩いて行ってしまった。
「本当に、いいの……?」
「一人よりはいいだろ? それに、前に差し入れしてくれたの美味かったからなァ~」
そうね……思わず口に出てしまった相槌とも了承とも取れる言葉を、ミスタは聞き逃さなかったらしい。ニヤリと笑って、楽しみににしてるぜと、先にリストランテへ帰って行った。
「いいのかよォ、簡単に男を家に入れちまって。お前のことだって食べたいんだぜ」
そう独り言ちていることなんて知らずに。
FINE.