「一生のお願いなんだ、ブチャラティ!」
顔を真っ赤っかにしながら、鼻息も荒く駆け寄って来た少年に、思わずブチャラティは微笑んでしまう。
「どうした、インジェーヌオ。俺なんかにそんなお願いする必要は無い、何でも言ってみろ」
すると、途端に少年はモジモジし始めた。目をキョロキョロさせて、全く落ち着きが無い。
「そんなこと言ったってよォ……ブチャラティ……」
かと思うと、そのモジモジさせて後ろに組んでいた手をパッとブチャラティの前に差し出した。同時に照れている顔を隠すためなのか、一生のお願いのために頭を下げているのか、斜め45度のお辞儀をしてしまった。
「頼む! コレ、アレックスに渡してくれッ!」
そう言い捨てて、インジェーヌオは猛ダッシュでブチャラティの前から消え去ってしまった。さながら足の速さのスタンド能力でも持っているかのような俊足に、ブチャラティは目を丸くしつつも、再びフッと笑みを漏らしてしまった。
インジェーヌオが渡してきたのは1枚の封筒。封蝋の代わりに赤いハートマークのシールが貼ってある。こんな一目で内容が分かってしまう古典的な封筒を、ブチャラティは初めて見たかもしれないと思った。思わずそのシールに指を掛けそうになったが、慌てて懐に入れた。
それでもリストランテに着いて、他のチームメンバーが誰も来ていないのを見ると、スティッキー・フィンガーズを呼び出して、そっとその封筒を切開した。1枚の便箋には拙い文字でびっしりと書き込まれていた。
“アレックスへ
突然こんな手紙を送ってごめんなさい。今日はどうしても伝えたいことがあってこの手紙を書きました。”
最初は目で追っていたはずだったが、次第に心のどこかが締め付けられるような錯覚を、ブチャラティは覚えた。そして、その一文を見つけると、思わず声に出して読んでいた。
「“あなたを初めて見たときから心を奪われてしまいました。最早、あなた無しでは生きていけません……”成程な……」
――インジェーヌオ……この近辺に住んでいて、たまに俺たちやアレックスにちょっかい掛けてくるだけのガキだと思っていたが……隅に置けないな。
同じ女に心奪われ、彼女を生き甲斐としている男。しかし、アイツはガキのうちからアレックスの魅力を見抜いている。どこか悔しいような気もした。
「ぶ、ブチャラティ……」
呼ばれた声にブチャラティは思わずハッとした。ギャングでチームを束ねるリーダーでありながら、こんな子どもの手紙に気を取られて、部屋に入って来た者の存在に気が付かなかった自分の不覚を思った。
「あ、ああ、アレックスか……」
しかも、よりにもよって入室していたのは当の本人、アレックスではないか。インジェーヌオからの手紙はアレックス宛てで預かっただけだというのに、それを勝手に読んでいたことが急にブチャラティは後ろめたくなった。すかさず、慌てて手紙を持った手を後ろに回したが、そんなことをしても、もう遅い。
「相変わらずモテるのね、ブチャラティ」
ニッコリ笑ったアレックスに既に戸惑っていたが、その形のいい唇から紡がれた言葉に、ブチャラティは更なる焦りを感じることとなった。一瞬思考停止したが、その言わんとしたことが分かると、彼は慌ててそのまま去ろうとしたアレックスを追わなくてはならなかった。
「お、おい待てアレックス。コレは、違うッ……」
「何が違うの? ラブレター、嬉しかったんじゃあないの? だから声に出してまでニコニコしながら読んじゃって」
こちらを振り向きもせず、弾んだ声でからかい続ける彼女に、ついにブチャラティは我慢ならなくなった。彼女の両肩を掴んで自分の方を振り向かせる。
「アレックス……」
驚いた表情のアレックスだったが、その視線が下がっていく。二人の間にハラリと落ちた白い物体。彼女がねぇと言って拾おうとするのも阻止して、ブチャラティはその両肩を抱き寄せた。
「読む必要は無い。もう俺が読んでやったのを聞いていたんだろう?」
彼女に反論の隙も与えることなく、続けた。
「すまなかった……今までライバルとも思っていなかった奴からの、俺が愛して止まない女宛てに着たラブレターだ……これが読まずに居られるか?」
ピクリと固まるアレックスの肩から手を離し、包み込むように抱き直した。
「愛しているんだ、アレックス……」
黙って頷き、腰にそっと回される柔らかい感触に、ブチャラティは安堵を覚えた。
* * *
「おはよう、フーゴ! 早く入れよ? 何やってんだよォ~」
「しっ、大きな声を出さないでください」
「これ、もうちょっと待った方がいいんですかね?」
「ったく、いつまでも待たせてるんじゃねー……アバッキオ、何笑ってやがるんだァ?」
※インジェーヌオ(ngenuo/伊)……純情な、純真な