Those good old dreams - 4/5

【アバッキオ視点】

アレックスの写真を持って逃げるトスカーニを、俺とジョルノは追い詰めた。
そんなにも足も速くなかったし、スタンド使い以外をターゲットにしてきたヤツだ、大したことはなかった。
ジョルノのゴールド・エクスペリエンスによってラッシュを喰らった後、ヤツはジョルノが生み出した木々や蔦に絡みつけられて、完全に拘束状態にあった。

「てめェ、ジョルノ何しやがった……コレ、直せるのかよ……」

ただ、問題は生じていた。当の本人はと言うと、涼しい顔をしてやがる。

「ええ、くちばしが刺さって右手の部分に穴が空いたようです。
しかし、この写真に傷付いた通りのケガを負うようなら、致命傷ではないはずです」

ジョルノはトスカーニを追うために、ゴールド・エクスペリエンスであらゆる物を生物に変えて追跡していた。
そして、ヤツが写真館でこっそり拾っていたハサミから生まれたカラスが、ヤツを隼の如く捕らえた……と思ったのだが。あろうことか、アレックスの写真まで傷付けちまった。
写真の破れた部分からは、どくどくと血が流れ出ている。

「しかし、アバッキオ。
外から呼び掛けても無駄なら、逆にこれくらいの外からの刺激があった方が、アレックスも気が付くでしょう」

なるほど、故意にやりやがったか。
ジョルノがすぐに写真を繋げたが、破れが直っただけで他の変化はない。
写真を見下ろす俺たちの横から、忍び笑いが聞こえた。トスカーニの野郎だった。拘束されたというのに、薄気味悪く笑い続けていた。

「あァ? 何が可笑しいんだ、貴様」
「甘いですよ……」

顔を腫らし、血まみれになりながらもトスカーニの野郎は表情はそのまま、冷たく笑い続けていた。

「何だと……?」

そして口も減らないらしい。

「写真に傷を付けたということは、外から刺激を与えて思い出を傷付けたということ……。
知りませんよ? 記憶が複雑に絡み合い、挙げ句の果てに思い出したくない辛い過去まで思い出したら……彼女の精神が崩壊しますよ……?」

そこまで言うと、イーヒッヒ!! と高笑いする。

「テメェ! ハッタリかけてんじゃねェぞ」

そこからはひたすらヤツを何度も蹴り上げた。もう何も話せねェほどに。
投げ出された足を踏みつけ、グリグリと押し付ける。ミシッという音の後に、脆い音がしたような気がした。
顔面は血まみれで、眼鏡の歪んだ骨格だけが鼻に引っ掛かっている。
ヤツの笑いは消え、呻き声だけを上げていた。

「アバッキオ、そのくらいにしないと、死んでしまいます。
あくまでも任務は調査ですからね」

拳を振り上げたところに、横からジョルノの野郎が口を挟んでくる。
チッと舌打ちしたが、俺はトスカーニの野郎を見下ろしたままだった。

「精神が崩壊だって……? ああ、やってみろよ。
俺たちはスタンド使いで、組織の人間だ。
アイツは一瞬お前のスタンドにハメられたかもしれねぇ。
でもな、お前を始めとしたそこら中の人間に、自分は男だと徹底的に騙してきたような女だ……簡単にくたばるわけねェだろうがッ!!」

そう言って、もう一撃をヤツの少し出っ張った顎に食らわせた。そんな俺を、アレックスの写真を持ったままのジョルノがきょとんと見つめている。
らしくないことはこの俺が一番分かっている。
トスカーニは捕らえた。あとはこの野郎を、組織の中枢に引き渡し、報告をすれば完了なのだ。任務のために多少の犠牲は仕方がない。それが信念であるはずだった。
なのに、俺はこのままアレックスを逝かせちゃならねえ気がしたし、一度でも俺を面食らわせたようなヤツが、このままやられるワケがないと、そうであってくれと願っていたのかもしれない。

「アバッキオ。ほら、見てください」

ジョルノが誇らしそうな表情で、アレックスの写真を俺に見せる。
いや、もうそれは写真ではなくなっていた。空気を入れて膨らむビニールの浮き輪のように、だんだん厚みを増してきていた。
ジョルノがそっとそれを地面に置くと、人の背丈ほどに伸び始める。
やがて、カメラのフラッシュのような閃光を放ったかと思うと、写真より少し垢抜けたアレックスに変わっていた。

「アレックス…」

思わずジョルノと共に駆け寄る。ジョルノがアレックスの細い腕を取る。

「気絶しているだけのようです。生命の反応は……ちゃあんとあります」

* * *

気を失っているアレックスはジョルノに任せて、病院に行かせた。
俺は近くの電話を借りるとブチャラティに連絡を取り、指示通りにトスカーニのヤツを組織の別の幹部に引き渡すと、リストランテに向かった。

任務中は、任務のことしか考えない。
ただ、終わってみれば色んなことに沸々と怒りがつのってきた。
アレックスのヤツがトスカーニのスタンド攻撃をまともに食らって、任務の足を引っ張ったことはもちろんだ。
しかし、誰にでもそういったことはあるし、そこが運の尽きだ。ダメなそいつを見捨てて任務を遂行する。いつもならそうやって淡々と処理する俺のはずが、どうしてアイツに乱されてしまったのか。
そして。
ジョルノにアレックスを病院に行かせたのは、大事を取ってのこともあるが、この疑問のためだった。

――ブチャラティ……アンタ、どういうつもりだったんだ……。

「ご苦労だったな、アバッキオ」

リストランテいつもの席に、ブチャラティはいた。他の仲間もいる。
いつもだと忙しく街のあちこちで仕事をしているが、今日はたまたまここに戻って来たところを電話で捕まえることができた。

「あれェ? アバッキオ、ジョルノとアレックスは一緒じゃねェのかよ?」

ナランチャが尋ねてきたところを見ると、俺の報告はブチャラティにしか伝わってないようだった。アレックスのことも、敵スタンドのことも報告済みだ。秘密にしておきたいのか。そう思うと再び苛つきがつのる。どうにでもなれ、と少し声に力を込めた。

「ジョルノがアレックスを病院に連れて行ってる。
ケガはジョルノが治したが、スタンド攻撃で気を失ったんでな」

思った通りだ。ナランチャは勿論だが、フーゴとミスタまでこちらに聞き耳を立てたり、振り返ったりした。
アレックスがスタンド攻撃を受けてどうなったのか、気にならないはずがない。

「ブチャラティ、アンタは分かっててやってたのか。
最近アレックスとふたりコソコソしてたのは全員知ってたが、チームを騙すのをなんでアンタが許したのか、俺は理解できない」

ブチャラティは表情を全く変えず、俺から視線も反らさず聞いていた。
それに対比するように、ナランチャ、フーゴ、ミスタは息を潜めている。

「何があったっていうんです? アバッキオ。アレックスはまさか…」
「ブチャラティ。あんたの決めたことだから俺は従うのみだ。
ただ、アイツを、チームに秘密や嘘を生むまでして守りたかったのか?
なんでそこまでして、アイツを引き入れた?」

フーゴが問うて来たが、何があったか薄々勘づいているはずだ。あえて俺は無視してブチャラティに向き合った。
ブチャラティは一息付くと、再び俺の目を正面から見つめ返して言った。

「チームに秘密を作ったことは悪かったと思っている。
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、アレックスとふたりで話していたのは、チームに打ち明けるべきだと説得していたからだ。
アレックスの姿が偽りであったとしても、俺のチームに来てからこなしてきた任務は偽りではない」

聞いていたナランチャが思わず、だけどよッと口を挟んできた。

「そ、そんなの…俺たちを騙しておきながら、それはないだろッ!?
あっさり、ハイそうですか、なんてなるわけねーじゃあないか?」
「ああ。それでも俺はチームのこれからのために言うべきだと思った。
そして、それはアレックスの口から伝わるべきだったと思っていた」

一呼吸おき、ブチャラティは再び口を開く。

「なぜ、引き入れたかだったな。
俺は、ある日ポルポから連絡を受けた。君を頼って試験を受けに来た者がいる。当初は追い返すつもりだったが、ヤツは矢を受けてスタンド使いとなった。なかなか“面白い”スタンド使いだから、望み通り君の部下とすることにしたと」

――ブチャラティも知らなかったってことか!?

「それが誰か分からないままこのリストランテに呼び寄せた。
始めはアレックスの顔を見ても思い出せなかった。
ただ、よくよく目を見てみると思い出した。なんてスタンドだと思った。
アレックスは、その少し前、町の有力者の息子とトラブルを起こして刑務所送りにされかけてた女子高生だった」

ミスタの表情筋がピクリと動いた。ナランチャは納得できないという態度のままだ。
その先は、全員が言わずとも分かった。組織の名か金を使って、ブチャラティは彼女を救い出したのだろう。
フーゴだけはそのまま冷静に話を聞いていて、ブチャラティに問い掛けてきた。

「しかし……あなたは行き先のない女性や子どもを助けたことがあっても、けして組織に引き入れることはなかったじゃあないですか!?」
「そうだ。だからアレックスも同じようにしたはずだった。
しかし、そうしたところで、もう彼女は表社会で生きていくには手遅れだった。
誰もが自分のことを、とんでもない女だと知っていて、家族にも学校にも見捨てられたんだからな。雇ってくれるようなところもない。
だから俺の名を頼りにポルポのところまで行ったんだ、生きるためにな」

“見捨てられた”という言葉が耳に痛かったのか、ナランチャは少し弱腰になって言った。

「一体何やったってんだよ。刑務所送りにされそうなことって……。
ブチャラティがわざわざ助けるまでのこと……」

しかし、それは皆まで言い終えることはなかった。

「それは言えない。なぜかはナランチャ、お前だって……いや、お前だけじゃない。
皆分かっているはずだ。
俺が彼女を助けた理由はふたつ。
彼女がスタンド使いか、その素質を持っているのではないかと思ったこと。
そして、そのスタンドで正当防衛をしたと思ったからだ」

案の定、ポルポによってスタンドは覚醒したようだったがな、と言い添える。そして続けた。

「全員に正体がバレてしまった以上、彼女はこれからどうするか選択を迫られる。
でも、俺は彼女の判断に委ねるつもりだ。
行き場をなくして組織に入ったんだ。他に行くところもないと思うが」
「そんな! 今まで僕たちのことを欺いてきたのに……。
これからもそんなヤツと命懸けで任務をこなしていけるとでも!?」

フーゴが、さすがのブチャラティ相手でも、冷静さを失いかけていた。
しかし、ブチャラティはそれさえ物ともせず、立ち上がると言った。

「だから、言ったはずだ。
たとえ女であることを隠してきたとしても、俺たちと共に組織のために働いてきたこと、共に過ごした時間は偽りではないはずだ、と。もちろん、これからもここにいたいと言うのなら、覚悟を持って仕事をして貰わなければならないし、それによって信頼を勝ち取って貰わないと困るのは勿論だがな。
それに、お前らがアレックスのことを探っていたのは知ってる。
なぜお前らはアレックスのことをそんなに気にかけてたんだ? 裏切りを疑ったわけじゃあなさそうだ。胸に手を当てて、よく考えてみるんだな」

最後にニヤリと笑うと、次の約束があると言って、リストランテを出て行ってしまった。
残されたメンバーは呆然としていたが、俺はすぐにブチャラティを追った。

――どうにも納得できねぇ!!

ブチャラティは急ぐ訳でもなく、スマートに歩みを進めていた。
入り口でリストランテの店員に声を掛けて、出るところだった。

――本当にそれだけか!?

まるで、俺のその心の叫びが聞こえたかのように、ブチャラティは振り返った。
少し驚いたような顔をしたものの、あとは先ほどのように余裕のある微笑をたたえていた。

「ブチャラティ。俺たちを見くびるなよ。
一緒に働いてきたのはアレックスだけじゃあねぇ。あんたと俺はそれより長い。
隠し事ができないのはあんただってそうだ。
あんたは一体、何を守るために、何を隠してるんだ」

そこで初めて、ブチャラティは考え込むような表情をした。
そして、来いと言って、俺と共にリストランテを出た。

「確かに、見くびっていたようだな」

リストランテからかなり離れた公園で、やっとブチャラティは口を開いた。
海を眺めたまま、ブチャラティは続けた。

「あんたは、誰かに押しきられるようなヤツじゃあないだろう。
つまり、アレックスの願いに応えてやっていたのにはワケがあるな?」

しかし、ここまで言っておいて、俺も何か確証があるわけでもなかった。
ただ、冷静なブチャラティの微笑の奥に、何かがあるようでならなかった。
ブチャラティは、ただの女への同情でアレックスの要求を飲んだのか?
ブチャラティなら、もしかしたらそうするのかもしれない。ギャングの道を選んだアレックスに、特別な感情を抱いているのか。そうではなくても、それはなんだか知ってはいけない事のような気もした。

「アバッキオ。さっき電話で言っていた、敵のスタンド……」

かと思うと、ブチャラティは急に先ほどの仕事話を振ってきた。
ああ、と中途半端な返事をしてしまったが、構わずブチャラティは続けた。

「アレックスはスタンドの技にはめられて、思い出の中に閉じ込められた。
敵が言うには、ギャングになったことに後悔があるだろうと。
でも、ジョルノとお前は平気だった。
ジョルノは分かるぜ。詳しく言えないが、それなりに野心家だからな」

思わず声まで上げて笑いだしたブチャラティに、俺は焦りを感じた。
次にブチャラティが言うことが、その時点で分かったからだろう。

「お前は……どうだ? 過去から開放されたか?
ことあるごとに苦しんでいるのかと思っていたが、スタンドにかからなかったのなら、俺の杞憂だったのかもな」

言われてハッとした。
そして、違う、俺は忘れてなんかいないと言い掛けた。
事実、俺はヤツのことを忘れたことはない。この重すぎる十字架から逃れられることはないし、免れるつもりもなかった。
しかし一方で……特に、チームの仲間といるとき、それを忘れられるような瞬間があることを心で認めてしまうと、言い掛けた言葉は溜め息になった。

「杞憂なら良かったんだ。余計な心配を掛けてすまなかった」
「待て……どういう意味だ、それは。
過去に囚われていたのはアレックスのヤツだ」

そのまま行ってしまおうとしたブチャラティを引き留める。

「言ってしまえば最後だ。
お前が過去にまだ囚われているというなら尚更な。
アレックスが何に囚われたのかを聞けば、お前はもう、アレックスを冷静に見られなくなる」

――どういうことだ……?

その先のブチャラティの言葉を聞き、俺まで悪夢を思い出すことになった。
そして、ブチャラティの言った通りになることは間違いないと思った。

――なんてこった……俺たちは何てものを持ち合わせていやがったんだ……。

いや、持ち合わせるなんておこがましいだろう。
俺は罪を犯し、そして取り返しのつかない罪を上塗りすることになった。
アイツは男という権威と、更なる権力に押し潰されて、それ故俺たちに真実を隠して生きてきただけだ。生きるために。その為の嘘なんて、かわいいもんだ。

――でも、アイツは知らない……それ以上の失望があそこにあったことをな……。
所詮警察なんてそんなところさ…来なくて良かったんだぜ……。

一方で、寧ろ良かったではないかとも思った。
警察はアレックスの人生を台無しにしたような奴らで溢れ返っているのだから。
だが、それで彼女は一生を棒に振ったのだという怒りが込み上げてきた。

――クソッ、俺はどうして……。

仕事に向かうブチャラティと別れると、俺はある場所に向かった。