Those good old dreams - 2/5

【アバッキオ視点】

本当に一瞬のことだったのだろうか。突然陰から飛び出して来た光はカメラのフラッシュだとすぐに分かったが、それにしては大きく、長い光だった。眩んだ目が再び薄暗さに慣れてくると、カーテンから出てきたのは、大きなカメラを担いだ、俺たちが追っていた男だった。元から細い目を更に細めて、ニヤニヤしている。何が可笑しい、と頭に血が上る。

「おっと……元商売道具を武器にしてみたってところか? オッサンよぉ……?」

実際のところ、目眩ましを食らっただけだ。皮肉を込めて話し掛けてみたものの、何だか相当ヤバい気がしていた。
そして、その胸騒ぎを言い当てたのは、隣でキョロキョロしていたジョルノだった。

「アバッキオ……アレックスはどこです……?」
「何言ってやがる、そこに……」

確か、ハサミと血痕がどうとか言ってやがった。しかし、ジョルノの言う通り、そこにアレックスはいなかった。忽然と姿を消していた。

「ジョルノ! お前、何か見なかったか……」
「いえ……でもさっきの光に吸い込まれたような気が……」
「イヒヒヒヒ……坊やの言う通りですよ」

笑い声を一際大きくして、男が言う。片手をゆっくりと挙げて俺たちに見せてきた。そこには1枚の紙のようなものが握られている。男はその紙のようなものを覗き込むと、少しだけ驚いたような顔をして、とんでもないことを口走りやがった。

「野郎かと思いきや、女でしたか。
まさかスタンドで、男に化けられるとはねェ?」

まさか、と背筋が凍る思いがした。ふたつの意味でだ。ジョルノも顔が青ざめてやがる。
男はカメラのストラップを肩に掛け、カメラを傍らに避けると、空いた手に、それを持ち変えた。窓から差し込む日光が当たり、ようやくそれが何なのか見えた。
若い女の写真だ。しかも、その写真の女は、アレックスが若い女に変身したときのそれとそっくりだ。つまり、アレックスのヤツは……。

「私、ジューダ・トスカーニは見ての通り写真のスタンドの使い手。彼女は先ほどの撮影で写真にさせていただきました。
それにしてもなかなかのベッラでございますね」
「ゴールド・エクスペリエンス!!」

間髪入れず、ジョルノがスタンドを発動させる。真っ先に男……トスカーニに向かって行ったが、ヤツは口の端を上げると、さっと何かを取り出し、小さな火を起こした。

「その物騒なものは……しまっていただきましょうか」
「ジョルノ、早まるんじゃねェ! アレは……」

即座にジョルノを制止する。トスカーニが取り出したのはライターで、あろうことか、アレックスの写真にそれを近付けようとしていた。

「……なるほど。見つかった変死体が様々な状態だったのが、これで分かりました。
ひとりは今のようにライターで焼いて火だるまに。
もうひとりは、あのハサミで切り刻んでバラバラに。
そしてあとのひとりは……くしゃくしゃに丸めて捨てたってところでしょうか?」

ジョルノは、ゴールド・エクスペリエンスの動きを止めると、静かにそう言った。
しかし、トスカーニはニヤリともせず、逆にジョルノを眼鏡の奥から鋭く睨み付ける。

「いいから、それをしまえと言っているのです……そうでなければこの女は……」

ヤツがジョルノに気を取られている隙に、俺はとっさに先ほどのデスクに滑り込んだ。床に片手を付き、側転するようにデスクの上に足を蹴り込む。足にそれが触るのを感じ、次の瞬間には、ソイツは回転しながらヤツの方へ飛んで行った。

――ガシャン!
「うぐぅっ……」

ヤツのカメラに回転したハサミが突き刺さり、本体の片眼からも血が吹き出る。そのままカメラはヤツの肩から吹っ飛んだ。
そう、さっきアレックスが見つけたハサミを蹴り飛ばしたのだった。
アレックスに当たったらヤバいとも思ったが、運良くヤツに命中してくれた。
カメラ自体がスタンドかと思ったが、どうも違うらしい。スタンドはスタンドでないと触れられないからだ。カメラにとりついたスタンドってとこか。
いずれにしろ、これでスタンドが解除されるはずだ。ヤツの持つアレックスの写真に目を向けた。

「イヒヒヒッ……甘いですね……」

しかし、トスカーニが目の痛みに苦しんでいたのは一瞬だった。眼鏡のレンズの下に手を差し込み、血の流れる右目を押さえながらも、その薄気味悪い笑いを止めない。
そして、アレックスの写真はそのままで、一向に人間に戻る気配が無かった。

「どういうことです……?」
「一度写真にしちまえば、あとはコントロールが効かないってことか……?」

フーゴのスタンドを思い出した。ヤツのパープル・ヘイズは殺人ウィルスを撒き散らすスタンドだが、本体はコントロールできても、ウィルス自体は本人にもどうにでもできないと言っていた。
トスカーニはご名答とでも言うように歯を見せて笑った。
そして、ヤツが片足でウェストポーチを軽く蹴り上げるような動きをすると、まるで弾かれたコインのようにカメラのレンズが飛び出し、ヤツの抱えていたカメラにぴったりとはまりこんだ。ヤツの目からは頬に溢れ出た血糊がそのままだったが、手のよけられた瞳は輝きを取り戻していた。

「私のスタンドはですね……イェスタデイ・ワンス・モアと申します。
見ての通り、写真のスタンドでございます。カメラはこの能力を得る前からの商売道具ですから、修理できるのです。
アレックスさんと言いましたかね……彼女の精神は今どうなっていると思います?
写真は思い出を写すものです。彼女は……思い出の中にいるんですよ。彼女が望む限り……死ぬまで、いや、死んだって精神はずーっと思い出の中にいられるんです」

トスカーニはそこまで言うと、イーッヒッヒ!と大声で笑い出した。

「いやぁ、さっきの坊やが言ってくれた人たちですか?
彼らは楽チンでしたよ? なんせ、彼らの最高の記憶といえばヤクでハイになってる時間ですよ! その記憶に閉じ込めてしまえば、あとは煮るなり焼くなり、切り刻むなり好き放題ですからねェ!」

狂ってやがると思ったのは今に限ったことではない。
しかし、これは厄介なことだと思った。今朝からアレックスは思い詰めた表情をしていた……いや、今朝だけでない、最近はずっとそうだった。そこに漬け込まれてしまったに違いない。それなら俺とジョルノがスタンドにやられなかったのも分かる。
だが……そんなアレックスが自力で抜け出せるのか。

「こんなシニョリーナのギャング、まず、いません。
そりゃあ大きなワケがあってこの世界に入ったハズですよ。後悔してないワケないですよねェ? ギャングになったことを。
すると……青春時代はさぞ楽しかったことでしょうねェ!」

再びあの気色悪い笑い声を上げると、トスカーニはアレックスの写真にライターをかざしながら、背後の窓を開け放った。

「野郎……逃げられると思ってんのかッ!」
「アレックス! 気が付いてください、アレックスッ!!」
「聞こえるワケないでしょう! 彼女の精神は、思い出に捕らわれているんですッ!」

窓が開いたことで、陰っていた写真が照らされ、より詳しく見えた。彼女の背後には建物が見える。学校だろう。少し微笑んでいるようにも見えた。
そこで俺は、アレックスが写真にされたこと以外の、もうひとつ衝撃を思い起こさざるを得なかった。

――クソッ、“本当に”女だったのか……アレックスのヤツ……ッ。

*  * *

それは、いつものリストランテでの雑談がきっかけだった。

「アレックスの筋肉ってよォ……本物なのかな?」

ナランチャの発した一言に、その場にいた一同は話すのをやめた。

「何ですか、ナランチャ。唐突に」
「だってよォ……アレックスってスーパー・スターで変身するじゃあないか。
そうすると、いつもの姿だって本物とは限らねェんじゃあないかって……」

フーゴがたしなめたものの、ナランチャが持論を展開する。
肝心のアレックスはブチャラティと話をしに行っていて、今、この場にはいない。

「なるほどなァ~……って、するとだ。アレックスは貧弱なモヤシ野郎かもしれないし、
もしかしたら、とびっきりのベッラかもしれないっつーことだなァ!!」

ナランチャの話に乗ってきたのはミスタだ。口についたドルチェのクリームを舐めとりながら言う。

――まさか……アレックスが女だと……!?

「一体、何の根拠があるってェんだ」

思わず口にしていた。しかし、ナランチャは特に気にすることもなく続ける。

「アレックス、今もブチャラティとふたりで話してんだろ? このチームに引き入れたのがブチャラティだから仕方ないとは思うけどさ。それにしては、ふたりでコソコソ話し過ぎじゃあないかって思うんだよなァ」

ナランチャにしては……いや、ナランチャだからだろうか、観察の鋭さに返す言葉が見つからなかった。
それに、時々ブチャラティと何かを話し込んでいるのは、俺も気になっていたことだったからだ。

――リーダーだから……幹部だからとはいえ……そこまで俺たちに言えないことなのか?

俺たちはギャングだ。人には言えない過去を抱え、それ故組織に入り、組織のために働いている。言えないことが多少あるのは仕方ない。ブチャラティの人柄が、それを許してしまうほどに器のデカいものだということも理解できる。
しかしだ。

「確かに、アレックスは人を寄せ付けないところがあるよなァ。任務だから仕方なく俺たちと組んでますって感じだぜ」

ミスタが、正に俺の言わんとしたことを口にした。

「ヤツが謎が多いのは認めるとしてだ。それがどうやって女だとかいう話になる?」
「アバッキオ。えらく彼を擁護するんですね」

そこで首を突っ込んできたジョルノを、俺は睨み付けた。
コイツはいけ好かなかった。アレックスとは比べ物にならねェ程に。

「お前だって無駄な話をするのは嫌だろうが」
「そういえば……ここに来た頃は、あんなに大股で歩いてませんでしたね。周りを気遣いながらスラッと歩いて。
話し方ももっと女性っぽかったです」

言い訳がましいことを言ったところで、フーゴが思い出したように呟いた。

「それだッ! フーゴ! 他にもなんか無いのかよ!?」
「やっぱり……生まれながらのスタンド使いではないようですから、あの時はまだ不慣れだったということもあるかもしれませんね……」

フーゴは少し眉をひそめて考える動作をすると、ジョルノに居直って言った。

「君はどう思います?」

俺だけではない、フーゴもジョルノに対して不信感を抱えている部分があった。その目は意見を求めていると言うよりは、挑発するような、試すような眼差しだった。

「普段から変身しているということは……スタンドを発動させ、能力を使い続けているということになります」

ジョルノはフーゴの視線をしっかりと受け止めた上で話し始める。

「スーパー・スターは身に纏うタイプのスタンドです。
つまり近距離型で、持続性に長けているとはいえ、延々と変身を保つにはかなりの精神力が必要されるのではないでしょうか。
それに、僕たちの前でも気を抜けないということです。ダメージを食らえば変身が解けるわけですから、任務中も一切敵に攻撃されてはいけないというのは、相当なプレッシャーだと思います。そこまでして、守りたいものがありますか……?」

再び場が静まり返る。

――女なら……そうかもな。女がこの組織に食らいついていくことは至難の業だ。
女だという秘密を守るためと言うなら辻褄が合う…

結局その話はそこで終わってしまった。しかし、そこからチームのアレックスを見る目が鋭くなり、ミスタやナランチャは下ネタや際どい話を吹っ掛けるようになった。

そして、俺はたまたま見つけてしまった。アレックスとブチャラティがカフェで話す姿を。
その日の夜遅く、閉店したカフェを再び訪れると、俺はふたりが掛けていた席を外から覗き込んだ。

「ムーディー・ブルース!」

ふたりのどちらを再生するか一瞬迷ったが、もしかしたらアレックスが変身するかもと思い、昼間見掛けた時間まで遡り、アレックスを再生することにした。しかし、再生しようとした、まさにその時だった。

「お兄さァん、こんな遅い時間にどうしたかねェ?」

背後から声を掛けられ、俺はハッとした。俺のムーディー・ブルースは再生すると無防備になってしまう。仕方なくスタンドを解除して振り返る。
俺に声を掛けたのは老婆だった。しかし、えらく服装が若い。そしてその顔をよくよく見て、自分の顔が真っ青になっていくのが分かった。それはアレックスだったのだ。

「なんだッ、アレックスかよ、驚かすんじゃねェぜ、ったく。
なんでまた婆さんになんか化けてやがる?」

軽口を叩いて誤魔化したつもりだった。しかし、この時ばかりはヤツの方が一枚上手だった。

「いーや。何か再生するところだったんじゃろう。
ワシも無防備な状態で近付かないとフェアじゃないと思ってねェ……?」

アレックスのスーパー・スターは、変身したものの身体能力が伴ってしまうので、子どもや老人に変身すると不利な面が多かった。俺は意味深なアレックスの物言いに焦りながらも、帰るぞと言ってカフェを離れた。青年に戻り、後ろをついてくるアレックスに俺は言った。

「お前ってさァ。女に化けて男とヤれば、ガキはできんのかよ?」

ミスタやナランチャと同じノリのつもりだった。しかし、アレックスは鼻で笑った。

「そっくりそのまま返してやりますよ、その質問。
俺が、女性を再生しているムーディー・ブルースとヤればどうなんです?」
「バカか。質問を質問で返すんじゃねェ」

そうは言ったものの、会話はここで途切れてしまった。
俺はこの日まで、アレックスがここまで一筋縄ではいかないヤツとは思いもしなかったし、そんなアレックスがブチャラティと何を話していたのか、何を共有しているのか余計に気にするようになってしまった。
再生はまたの日にと思っていたが、その後は任務が立て込み時間が取れなかった。日が経つにつれ、巻き戻しに掛かる時間のリスクが大きくなり、俺は再生を諦めてしまった。アレックスも俺を警戒してか、ブチャラティと話す場を変えてしまったようで、あのカフェでは見掛けることは無かった。

* * *

「クソッ! そろそろ仕事帰りのヤツらで人通りが増える!
逃がすんじゃねェぞッ!!」

2階の窓から身軽に飛び降りたトスカーニを、ジョルノと追う。
組織の追跡から逃げ通せるワケがないと思いつつも、人質状態のアレックスのことを考えると、この場で仕留めないとマズい。
少しでも手を出す素振りをすれば、簡単に人質を殺すかもしれないヤツを、どう仕留めるのか。俺とジョルノは、ひたすらにネアポリスの街を駆け抜けて行った。