「お疲れー」
バックヤードに戻れば、そこでは制服の上にジャンパーを羽織ったミスタが気怠そうに椅子に腰掛けていた。彼も休憩中らしい。テーブルの上のくしゃくしゃに纏められたハンバーガーの包み紙やポテトの箱を見る限り、もうそれも終わる頃か。
「よォ、お疲れ」
携帯電話を弄っていたはずのミスタは、目線をチラリと向けてそう返したかと思うと、彼の休憩の残骸を端に避けてくれる。他にも席は空いてたけど、そこまでしてくれたので、ミスタの向かいに座る事にした。
わたしがこのハンバーガーショップでバイトを始めたのは、高校1年生の夏休みだった。それで、先に入店していた厨房の男の子が、高校は違えど同い年だと知った。それがミスタだった。
「お前、またスマイル注文されてたじゃあねぇか」
こうやって、顔を合わせる度に揶揄われるような仲になったけれども、だからと言って特に仲が良いワケではないと思う。バイトでしか会う事が無いんだし。ポテトを摘みながら返事をしてしまう辺り、わたしも色気が無い。
「やっぱまだ表情がカタイのかなー。でもミスタだってこないだお姉さんに注文されてたじゃん」
ミスタはカウンターもちょっと出来るから、たまたま人手が足りなかった時に厨房から出てきたタイミングでそれを受けたようだった。若い女の子や男の子がレジカウンターに入れば、そういう注文だって来る事がある。それは男の子の集団が笑いながらしてくるような、所謂罰ゲーム的なものもあれば、コミュニケーションの一環として使ってくださるお客様もいる。でも、そんな中で指導役のマネージャーさんから釘を刺された事は忘れてはいない。
「真面目ちゃんだねェ」
「ちょっと、何すんのよ!」
突然頭を撫でられて、食べ掛けのポテトを落としそうになってしまった。バイザーを外したばかりでクシャクシャになった髪を、更に崩されては困る。文句を垂れながら、後で直すつもりだった髪を撫でつけているのを、ミスタが黙って見ている事に気が付かなかった。
「お前も、オフの時に俺にスマイル頼めばいいだけじゃあねぇか」
「は!?」
本当に何でそういう話の流れになったのか、素で分からなかった。ハッと気付いた時には顔が熱くなっていて、慌てて口を動かしていた。
「別に、アンタなんか何とも思ってないし……!?」
「そうかよォ、残念だなァ。ところで、来月のシフト出てたよな。3日お前いるだろ」
わたしの反論なんて何とも思ってないところが悔しい。バイトに入って、少しは社会勉強になったと思っているのに、こんな奴の手のひらで転がされてるなんて。構わず話を続けるミスタに、相槌を打つしか出来ない。
「俺オフだからよォ、頼みに行ってやるぜ」
「何を?」
「何でそこ言わねェと分かんないかなァ。お前のスマイルに決まってっだろ」
「はァ!? なんでよォッ!?」
こっちは思わず反動で椅子を蹴るように立ち上がったというのに、そこで突然視線を反らして伏し目がちになるのは、反則じゃあないだろうか。
「俺、誕生日なんだよ、それくらいいいだろ」
挙句にそれだ。つまりそれって……。顔がさっき以上に熱くなるのが分かった。そして、ミスタも妙に耳の辺りが赤くなっている。何と言ったらいいものか。必死に悩んでいるのに、彼は食べた後のトレーを持って、席を立ってしまう。
「まっ、スマイル以外にも色々くれたらそりゃあありがたいけどな。贅沢は言わないぜ」
何でそこで澄ました顔して行ってしまうのよ……。取り残されたわたしは、ポテトもハンバーガーも、コーヒーさえ喉を通りそうになかった。