あなたが生まれた日【アバッキオ】

 彼がペッとそれを吐き出す度に、ごめんと小声で呟く。
構わねェという彼に、わたしもフォークでそっとそれを取り除けた。

「ほんとごめん。ローズマリーなんてオシャレなハーブ使って料理するの初めてだったの。
 取り出すタイミングなんて書いてなくってー……」

 練習すべきだったなぁー、第一、わたし本当にレシピ通りしか作れないんだなぁー、と言い添えれば、彼はふっと笑う。

「その調子だと、ラム肉を買ったのも、ラム肉を料理したのも初めてだったんだろ。
 あと、レシピ通りに作んなきゃ失敗するだろうが」

 褒めてくれてるのか貶しているのか分からない口調。
でも、これはきっと慰めであり、褒め言葉なんだろう。
少なくとも、彼はじっくりと肉を咀嚼している。確かに肉自体は柔らかくておいしい。
そういう彼の優しいところに、わたしは惚れているんだとしみじみ思う。
そうじゃあなかったら、ここまで豪勢な食事を用意しない。
第一、ラム肉なんてここではそこらのスーパーで売ってないのだ。

「ね、これも苦いようで、お酢とかレモンとか、あとチーズが合うのね」

 これも初めて作ったルッコラのサラダをフォークでつつきながら言う。
彼の好物だと知らなければ、きっと一生口にすることはなかっただろう。

「あなただから苦いのが好みなのかなって思ったら、意外とワインはフルーティーなものが好きみたいだし」

 食卓に載るのは、あなたの好物と……あなたの象徴。

「ねぇ、アバッキオ。あなたの誕生日は、年によってはイースターの日だわ。
 あなたの生まれた年は違ったみたいだけど。
 イタリアで『アバッキオ』を食べるって、イエス・キリストが人類のために犠牲になったことを意識してるんでしょ。それってまるで……」

 彼は伏し目がちなままだった。でも、その口角が上がっている。

「いいんだ。俺はあの日、同僚と一緒に死んじまったのかもしれねぇ。そう思うことがある。
 でも、ブチャラティが俺の居場所になり……そうして、こんな俺の誕生を祝ってくれるお前がいる」

 それが『復活』なのかもな……ワイングラスに口を付けながら、彼の唇からはそんな言葉が漏れた。

「アバッキオ」

 わたしは、改めて呼び掛ける。

「誕生日、おめでとう。あなたに会えて、よかった」

FINE.