Rosa compleanno~il 25 maggio

 何もないはずの玄関の台を見て、伏し目がちに玄関を出た。

――あんたの生まれた日は、バラの花びらが舞う日だったから。

 母親は毎年そう言って、バラの花を買ってきて玄関ホールに飾った。深紅のバラに組み合わされたカスミソウが可憐だった。母が買うのは、いつもその組み合わせと色だった。無いはずのものをそこに見ようとした自分が、嫌だった。

 20年前のその日は、ペンテコステという教会の祝日だった。聖霊降臨日。イエス・キリストの弟子たちに炎の舌のような聖霊が下って、色んな国の言語で福音を語り始めたという奇跡の日。この日は移動祝日であるイースターから五十日目にあたるので、当然この日も毎年変わる。
炎のような舌、になぞらえて、ローマのパンテオン神殿では毎年赤いバラの花びらが降らされると聞かされた。わたしの家はずっとネアポリスにあるし、父の出身はシチリアだ。そんな敬虔な教徒でもなかったような母が、どうしてそんな事を毎年言っていたのかは思い出せない。もう忘れようと思っていたのに、毎年この日になるとどうしてもそれは思い出してしまう。最早わたしになど、バラなんて似合わないだろう。情熱という名の組織に属しておきながら、生きる意欲もなく、素性を隠して裏社会でひっそりと生きている。華やかさの欠片もなく、薄汚い。身体までスタンドの力で男性と変貌させて、一体どうしてこれが毎年バラをプレゼントされていたのか。自分でもそう思ってしまう。

「戻りました」

 今日の任務を終え、半ばアジトのようなリストランテに戻る。いつもの席を陣取っているブチャラティチームに声を掛ければ、既に揃っていたメンバーがガタッと一気に立ち上がった。ナランチャとミスタは慌てて何かを隠している。

「どうしたんです……?」
「い、いいや、何も……おーい、アバッキオどこ行ったんだよ!?」

 ナランチャが慌てて背後のメンバーに言う。そう言えば、確かにアバッキオだけがいない。

「ここだ」

 すると、背後からバリトンが響く。同時にカサカサッと立つ物音。振り向けば、そこには溢れんばかりの花束を抱えたアバッキオが立っていた。

「ど、どうした、それ……」

 アバッキオはわたしの言葉を無視して、顎で指図する。それはスタンドを解けという彼との暗黙の了解の合図だった。わたしは仕方なく従って女性の素の姿に戻る。大きなそれを改めて見て、息を呑んだ。

「バラの花……それに、これは……」
「ラナンキュラス、ですね……」

 スタンドでよく花を生み出しているせいだろうか、花に詳しそうなジョルノが口を出す。それは白地にピンクの縁どられた花びらのラナンキュラスと、小ぶりなピンクのバラが上手く組み合わされたブーケだった。わざわざこれをアバッキオが買いに行ったのか。暗いトーンの服装の大男が花屋でこれを注文して持ち帰ったとはなかなか想像しがたいが、彼はさらに予想外の事を口にした。

「おめでとう」
「え?」
「だから、今日、誕生日だろ?」

 訊き返したわたしに、アバッキオは呆れた表情をしてそれをわたしの両手にねじ込んだ。

「アバッキオ、そんな乱暴に渡しちゃあ意味がないですよ」
「そーだぜー」
「なーんだ、照れてんのかよ」

 横からフーゴが忠告し、それにナランチャとフーゴが乗っかる。うるせぇよと呟いて、アバッキオはテーブルに進んでどかりと椅子に座った。彼を目で追えば、ナランチャの陰に隠れていたテーブルの上のものが見えた。

「Buon compleanno」

 そう描かれたケーキが、テーブルの上に載っていた。奥から椅子に掛けていたまま見守っていたブチャラティがここで立ち上がる。

「アレックス、誕生日おめでとう」

 口々にメンバーから祝福の言葉を贈られて、わたしはしらばくそこで茫然としていた。早くケーキを食べたかったらしいミスタたちに圧されてケーキの蝋燭を吹き消しても、それはしばらく続いていた。

「おい、どうした」

 ケーキを口にしながらも尚もはしゃぐ若者組を後目に、アバッキオが不機嫌そうに声を掛ける。

「どうして」
「あ?」
「どうして、バラの花なの……?」

 きっとわたしが何を言っているのか意味が分からなかっただろう。それでも、アバッキオは真摯にわたしを見る。

「ねーよ、意味なんか。花屋に今日が誕生日だと言ったらこの花にしてくれた」
「そ、そう……」

 確かに、ジョルノと違ってアバッキオが花に詳しいかと言われたら、違うかもしれない。

「いいんじゃあねぇか、お前がそういう花を手にしてたって」

 アバッキオは知らないはずだった。わたしは自分の誕生日の話を、した事がない。でも、彼のその言葉に少しだけ背中を押された気がした。

「ありがとう、アバッキオ」

 そして、口元を片手で覆いながら、彼に向かってそっと告げた。

――Ti amo.

 彼の顔が大きく歪んだが、赤らんだのは怒りのためでないことはわたしには分かっている。

――ありがとう。わたしに、愛の言葉をくれて。あなたの色で、バラの花をくれて。

 そこまでの話を、わたしはいつ貴方とできるだろう。

FINE.

ピンクのバラ……5月の誕生花。
ラナンキュラス……5月25日の誕生花。